おもに江戸時代に作られ、今も伝えられている「古典落語」。
落語家が表情と小道具だけで聞かせる噺には、生活していく上で大切なことが語られています。

 金に困った男が自殺を考えていると、目の前に死神が現れた。

 死神は「お前にはまだ寿じゅみょうがある。もうけさせてやるから医者になれ」と言う。「病人には死神がついている。死神が枕もとにいたらその病人は助からない。足もとなら助かるから、このじゅもんで追い払え」。

 さっそく男が医者を始めると、日本橋のおおだなから「主人をてほしい」と依頼が入る。行ってみると、死神が足もとにいる。呪文をとなえて死神を追い払うと、たちまち病人はぜんかい。「名医だ」という評判が立って商売はだいはんじょうし、男は大金持ちになった。

 しかし、いい気になって男は遊びで金を使い果たしてしまう。また医者の仕事を始めたが、今度は死神が枕もとにばかりいる。ある日「金はいくらでも払うから助けてほしい」と依頼が来た。死神がいるのは枕もとだ。これでは金にならないと、病人が寝ているとんを回転させ、枕もとと足もとを逆にして呪文を唱えた。病人は全快し、男は大金を手に入れた。

 その帰り道に、あの日の死神が現れた。男はたくさんのロウソクがゆらめく場所に連れて行かれてしまう。ロウソクは人間の寿命らしい。ふと見ると、今にも消えそうな短いロウソクと強い光を放つ長いロウソクが並んでいる。

 「この長いのがお前のロウソクだったんだが、自分で短いのに変えてしまったようだな」と死神。「最後のチャンスだ。火を移し替えてみろ」とロウソクを渡されたが、男の手もとが震えて……ばったり。

マンガ:藤井龍二

「お前は医者になれ」
死神の教えで大儲けをした男のまつはどうなる?
思わずすじが寒くなるかいだんばなしの名作です。

子どもも大人もりょうする
死神のワナにご用心ようじん

 「お前を儲けさせてやる」と甘い言葉で近づき、男を調子に乗せて、最後は命をうばってしまう……。「死神」は人間の弱さ、愚かさを描いた怪談噺の名作です。げんはグリム童話にあり、それを元にさんゆうていえんちょう(1839 ~ 1900年)が落語にしたと伝えられています。

 私は幼稚園や学校に落語を教えに行くことがあるのですが、その時にこの「死神」をよくやります。小さな子どもに分かるのかと思われるでしょう?それが熱心にいてくれるんです。たとえば布団をぐるっと回すシーン。枕もとにいた死神が足もとにいくところで、子どもたちもアッと驚く。ラストのロウソクの炎を移し替える場面では、息をのんでドキドキしている様子が伝わってきます。

 もちろん子どもだけでなく、老若男女全ての人の心をつかむ噺で、寄席や落語会でこの話が始まると会場の空気が変わるほど。子どもにとってはファンタジーだった死神が、大人になるにしたがって、リアルで身近な何者かに見えてくるのも面白いですね。

 うまい話を持ちかけて、最後には命をうばってしまう死神。あまりにも都合のいい話の裏には、死神がひそんでいるかもしれません。「死神」は、そんなことを教えてくれる、面白くて怖い怪談なんです。

「死神を退散させる呪文」とは

 男を医者に仕立てるため、死神が教えた不思議な呪文がこちら。「アジャラカモクレン キューライス テケレッツノ パ」。男を医者に仕立てるため、死神が教えた不思議な呪文がこちら。「アジャラカモクレン キューライス テケレッツノ パ」。

 この呪文、最初の「アジャラカモクレン」と最後の「テケレッツノ パ」を残して、真ん中の「キューライス」の部分を落語家が工夫をすることがあります。たとえば「アジャラカモクレン カモンマネー テケレッツノ パ」など。どんな言葉を入れるのか、センスが問われるところ。私はあまり変えずに、「キューライス オッペケレッツノ パッ」で演じています。

 ちなみに、この呪文を唱えたからといって、病気がよくなったり、死神がいなくなったりすることはありませんので、お気をつけください。

死神は色っぽい女性であってもいい

 そもそも死神自体が、実際にはいない想像上のキャラクターです。皆さんは、死神がどんな姿をしているのか考えたことがありますか?

 私の死神は「顔がやせこけて、目はどくろのように落ち込み、ねずみ色の着物をだらしなく着たおじいさん」なのですが、最近は別におじいさんでなくてもいいと思っています。たとえば、子どもの死神や、女性の死神がいてもいい。死神のイメージを変えるだけで、新しい展開が生まれそうな予感もします。

 3月から4月にかけて、東京都内4カ所の寄席を回った連続40回の「真打披露興行」が終わりました。

 寄席では、落語家だけでなく、手品、紙切り、曲芸、漫才などの芸人たちがリレーのようにつないでいきます。トリとしてその最後に高座に上がると、それまでに師匠方が起こした笑いがその場にまだ残っていて、目の前のお客さまの笑いと一緒になってドッと降りてくる感覚があるんです。寄席という場所の楽しさ、素晴らしさに改めて感動しました。今後は寄席の出演を増やしていきたいと考えています。

 そして、学校寄席です。私は前座時代から、保育園や小中高校で落語を教える学校寄席に力を入れてきたのですが、これは私のライフワークとして、ずっと続けていきたいですね。

三遊亭さんゆうていわんじょう
1982年、滋賀県生まれ。2011年、三遊亭圓丈(えんじょう)に入門。2024年3月、真打ち昇進。ネタ数は約250席。古典から自作まで幅広いネタを持ち、落語になじみのない方への普及も意欲的に行っている。保育園や小中高校で行う「学校寄席」はライフワーク。
https://www.sanyutei-wanjo.com/

写真:石山勝敏

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年夏号(No.6)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。