戦火の室町時代を舞台に、火の鳥が命の尊さを伝える 戦火の室町時代を舞台に、
火の鳥が命の尊さを伝える

 超生命体・火の鳥と、さまざまな時代に生きる人々を描いた手塚治虫の『火の鳥』異形編は室町時代の日本が舞台です。

 主人公のこんのすけは、残忍な領主・八儀やぎ家正いえまさの娘。自分の跡取りにしようと男として育てられました。残虐非道な父を憎む左近介は、従者のへい蓬萊寺ほうらいでらに忍び込み、どんな病も治すというはっぴゃく比丘尼びくにを殺してしまいます。父は重い病にかかっていて、八百比丘尼を殺せば、父の命を終わらせることができると考えたのです。

 しかし、八百比丘尼を殺すと、不思議な力がはたらき、寺から外へ出られなくなってしまいます。寺には、八百比丘尼に治してもらおうと病気やけがをした村人や妖怪までもが次々と訪れ、左近介が八百比丘尼として火の鳥の羽で救うことに。殺した八百比丘尼は、自分自身だったのでした。

 手塚治虫は、戦や疫病で人々が苦しんだ時代と共に、人であれ妖怪であれ、命は等しく尊いのだと鮮やかに表現しました。

『火の鳥』9 異形編・生命編(朝日新聞出版)

『火の鳥』

手塚治虫が生涯をかけて描き続けた長編シリーズ。
時空を超えて飛翔する超生命体・火の鳥と人間たちを描いた壮大な歴史ファンタジー。1954年に『漫画少年』で連載開始。黎明編、未来編、乱世編、宇宙編、生命編、太陽編など12編あり、古代から未来まで、「人間とは何か」「生命とは何か」を問い続けた。

『火の鳥 9 異形編・生命編』(朝日新聞出版)
©手塚プロダクション

いくさえきびょうに負けず、民衆が力を持ち始める いくさえきびょうに負けず、
民衆が力を持ち始める

 戦火が絶えなかった室町時代。足利あしかが家の将軍の跡取り問題や、将軍を補佐する管領かんれい家のとく争いから始まった「応仁おうにんの乱」は約11年続き、京の都は焼け野原になりました。

 農業や商工業が発達しましたが、天変てんぺん地異ちいが多く、疫病の流行やきんで生きるのが大変な時代。厳しい環境に対応するため、民衆が力を持ち始めます。農民たちがみずから惣村そうそんをつくり、借金の帳消しなどを求めていっを起こすようになりました。

この時代のお寺って、どんな場所だった? この時代のお寺って、
どんな場所だった?

 人々にとって、お寺は暮らしを支えるよりどころ。死者をとむらう祈りの場所というだけでなく、村人が集まる集会所の役割も果たしていました。

 盆踊りや祭りを行って楽しんだり、貧しい人たちに薬を与えたり、孤児こじや困った人を助けるお寺もあり、医療や福祉の役割も担っていました。

 やがて、室町時代末期になると、町人や農民の子どもも学べるてら子屋こやへと発展していきます。

おうにんらんの後、茶の湯、いけばな、芸能がブームに おうにんらんの後、茶の湯、
いけばな、芸能がブームに

 「応仁の乱」がしずまると、芸能がブームに。神に奉納する芸能として発展した猿楽さるがくは、室町時代に、死者の救済を描いた「のう」や、日常的なできごとを面白おかしく演じる「きょうげん」となり大人気。将軍足利義満あしかがよしみつに保護され、かん阿弥あみ世阿弥ぜあみ父子が大成させ、後に武士や民衆に愛されました。

 道徳や倫理を説いた絵巻「伽草とぎぞう」が読まれるようになったのも、この時代です。

 『火の鳥』異形編 に登場したはっぴゃくは尼さんでした。尼というのは、出家し、僧として仏道を修行する女性のこと。尼僧、ともいい、尼さんの住む寺を尼寺(あるいは比丘尼寺)といいました。
 室町時代は、「尼の時代」といわれるほど、尼たちが活躍した時代です。室町幕府は、禅宗の五山制度にならって、京都と鎌倉に「尼寺五山」を定めました。
 皇女をはじめ将軍家や武家の息女たちが尼寺に入ることも多く、足利義政と日野富子の娘も、宝鏡寺という尼寺に入っています。尼寺では、自らの出身の階層によって、住持(お寺の長をつとめる尼)などの地位に就く人や、下働きをする人などに分かれました。
 尼たちは、祈祷をはじめとする仏事をこなしながら、朝廷や他の寺院の仏教行事に参加することもあったようです。
 『火の鳥』異形編 に描かれた八百比丘尼は、お寺を一人で維持していました。強い経済力があり、人々を助ける尼さんとして描かれていました。福井県小浜市や新潟の佐渡島には、八百比丘尼が若狭地方出身で人魚の肉を食べて八百歳まで生きて、諸国を遍歴したという伝説が語り伝えられています。

 『火の鳥』異形編 は、蓬萊寺の鐘の周りで村人たちが楽しそうに「盆踊り」をする場面から始まります。手塚治虫はこの場面を2ページ全てを使ってダイナミックに描きました。
 「盆踊り」とは、ぼん※ に人々が広場などに集まって歌や音頭に合わせて踊る行事のこと。平安時代中期にくうが京都の中を踊り歩いた「踊念仏」を浄土宗の一派、時宗のいっぺんが広め、室町時代に盛んになりましたが、本来は迎えた祖先の霊や精霊を楽しくにぎやかにあの世に送り返すためのものでした。
 応仁の乱が起きた室町時代には、多くの人が命を落としています。身近にいる大切な人たちが明日には死んでしまうかもしれない、自分の明日の命がどうなるかも分からないという精神的に追いつめられるような状態でした。
 燃えるようなたそがれに包まれて盆踊りをする村の人々はとても楽しそうですが、その背景には暗い雲が見え、やがて、寺は激しい雷雨に包まれます。手塚治虫はこの盆踊りの1コマで、室町時代の人々の不安定な心境を表現していたのかもしれません。

※【盂蘭盆】うらぼん
陰暦7月15日を中心に、祖先のめいふくを祈る仏事。祖先の霊を自宅にむかえて供物をそなえ、経をあげ、墓参りなどをし、送り火をたいて霊を送る。現在は、陰暦で行う所と、1月遅れの8月15日前後に行う所とがある。

 室町時代には、庶民の文化が発達しました。「御伽草子」もその一つです。
 「御伽草子」は、室町時代から江戸時代初期にかけてつくられた、短編の絵入りの物語。身分の高い人たちのものだった物語を武士や町衆たちも楽しめるようになったのです。
 特に「御伽草子」は、女性や子どもに読み聞かせたりする読み物としても人気がありました。口伝えにされてきた物語が多いので、『一寸法師』『ものくさ太郎』『浦島太郎』など、昔話として今も残っている話がたくさんあります。
 お話のテーマは、公家、僧侶・仏教、武家、庶民、外国、人間以外の動植物などに分類され、庶民が活躍して幸せになり、めでたしめでたしで終わるお話も書かれました。しかし、作者はほとんど分かっていません。

 歴史上の人物が登場したり、歴史的事件をテーマとしている映画やドラマを見たり、小説や漫画などを読んでいると、歴史に興味がわいてくるのではないでしょうか。「あの事件はその後どうなったの?」と資料を調べたり、考えてみるのも面白いし、登場人物の生き方を知って、歴史を眺めてみるのもおすすめです。
 私が日本文学を専攻したいと思ったのは、高校2年の時に樋口一葉の『たけくらべ』を読んで感動したことがきっかけでした。大学1年で能を見に行って、伝統芸能に興味を持つようになり、能の稽古を始めたり、小鼓のサークルにも入りました。
 伝統芸能については、入門講座などを探して実際に体験してみると、ぐっと身近なものに感じられると思います。アニメやマンガで興味を持ったら、歴史や伝統文化、伝統芸能にもぜひ触れてみてほしいと思います。
(構成・編集部)

倉持長子

『一冊でわかる室町時代』
大石学著 (河出書房新社)

室町幕府の成立から権力闘争の激化により起きた応仁の乱、下剋上の横行、農民一揆、幕府の混乱と滅亡。その中で花開いた北山文化、東山文化まで、室町時代のあらましが一冊で分かります。

『能から紐解く日本史』
大倉源次郎著(扶桑社)

能楽小鼓方の人間国宝により、能に秘められた日本史と日本文化がドラマチックかつ魅力的に語られています。

『日本史リブレット16 古代・中世の女性と仏教』
勝浦令子著(山川出版社)

中世の女性たちは仏教をどのように受け入れていたのか、仏教と女性、信仰の変遷をたどっています。

『日本史リブレット80 寺社と芸能の中世』
安田次郎著(山川出版社)

中世の寺社の境内では田楽や猿楽が行われ、にぎやかでした。寺社と芸能の関係を豊富な資料を用いて紹介しています。

くらもちながさん
国士舘大学文学部日本文学・文化コース講師。聖心女子大学大学院文学研究科博士(日本文学)。専門分野は中世文学、伝統芸能、能楽。

写真:石山勝敏 イラスト:藤 美沖

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年秋号(No.7)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。