学校の勉強や部活動やアルバイトや恋愛に熱中している若者のことはわからない。私たちの頃はインターネットもSNSもなかったから、それらについても同様だ。
私が知っているのは、自分には何もないという焦りの感覚である。自分も何かに熱中してみたい、本気で打ち込んでみたい、と思いながら、その何かがどうしても見つけられなかった。
放課後に無人の教室でぼんやりしていると、野球部のかけ声や演劇部の発声練習やブラスバンド部の楽器の音が響いてきた。私だけが用事もないのに、ただなんとなく居残っている。そうしていれば、何かが起こるような錯覚を抱いて。
でも、何かってなんだ。自分でもわからないくせに、そんな都合のいいことが起こるはずがない。野球部も演劇部もブラスバンド部も、今ここで必死に頑張っている。自分の力で大切なものを掴もうと。私だけが何の努力もなしに、ぼんやりと奇蹟を願っている。
私は何もしたことがない。なのに、自分には特別な何かがある、と勝手に思い込んでいた。いや、本当は逆なのだ。実際に何かを試したら、自分には特別な何かなんてないことが明らかになってしまう。だから、動けない。惨めな現実を知るくらいなら、可能性の夢を見ていたい。でも、焦る。存在感ゼロの私のことなんか、クラスの誰ひとり気にしてもいないのに。私の心は私でいっぱいだ。
持ちきれないほどの自意識だけを抱えて、一歩も踏み出せないまま。透明な時間がどんどん過ぎ去ってゆく。その虚しさ、恥ずかしさ、情けなさが入り混ざった痛みを、生々しく思い出すことができる。傷つくのがそんなに怖いのか。傷つくのがそんなに怖いのか。傷つけ。傷つけ。傷ついてみろ。心の中でもがきながら、学校の帰りに、私はいつもの本屋さんでただ無表情に立ち読みをしていた。
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(構成:編集部)
穂村 弘
穂村 弘さん
歌人。1962年北海道札幌市生まれ。1990年に歌集『シンジケート』でデビュー。『短歌の友人』で伊藤整文学賞、『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。歌集、エッセイ集以外にも、詩集、対談集、評論集、絵本、翻訳など著書多数。


『ラインマーカーズ』
The Best of Homura Hiroshi
穂村 弘(小学館文庫)
著者によるベスト歌集『ラインマーカーズ』に、歌集未収録の連作「ピリン系」と「手紙魔まみ、教育テレビジョン」を加え、文庫化したもの。第一歌集『シンジケート』と代表作「手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)」が一冊におさまった、文字通りの「ベスト・オブ・穂村弘」だ。短歌に触れたことのない人なら、「短歌って、こんなに自由なの?」「32字でこんな世界を表現できるの?」と驚くかもしれない。好きな短歌が見つかったら、ラインマーカーまみれにしたい。

『短歌ください 双子でも片方は
泣く夜もある篇』
穂村 弘(角川文庫)
雑誌『ダ・ヴィンチ』の人気シリーズ「短歌ください」の第4弾。占い、初恋、キス、ゴミ、夏休み、昼寝、ラーメンなど、著者が出すテーマごとに投稿された短歌を著者が選んで解説するというもの。その作品が、まず面白い。日常の何気ないひとコマを、こんなふうに切り取って言葉にしたのだという驚きがある。次に、著者の解説で、その世界がさらに広がっていく。思わず「わかる」と共感したり、クスッと笑ったり、まだ知らない世界を想像してドキッとしたり…。読んだあとには自分の思いを言葉にしたくなる、短歌の最高の教科書だ。
イラスト:髙橋マサエ
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2026年春号(No.13)に掲載したものです。



























