きのこのスゴさを伝えたい!
大学生の時、森の脇役と思っていた「きのこ」が、実は森の生態系を支えていると知って驚き、感動しました。けれど、ほとんどの人はそのことを知りません。そこで「きのこのスゴさを、みんなに伝えなければ!」と決意。それから40年以上にわたって、きのこの研究を続けています。
約4億年前、植物が水中から上陸した時、乾燥した大地から、重力に逆らって水や養分を吸い上げる力が必要でした。それを可能にしたのが、きのこ(菌類)との共生です。植物は分解と吸収に優れた菌類と根の部分で合体。土壌中の水分や養分の吸収を菌類に委託することで陸上進出を果たしたのです。この共生システムは、今も続いています。多様な植物が育む森は、きのこが支えているんです。
きのこ研究に専念
卒業後、就職した千葉県立中央博物館で、“きのこ担当”として、きのこ研究に専念できたのはラッキーでした。通常は“自然”担当として、さまざまな生物を一人で担当することが多いからです。植物や動物と違い、きのこの研究者は少数派。それだけに、まだ分かっていないことが多く、研究しがいのある分野です。ちなみに、日本のきのこ約1万種のうち、命名されているのはわずか3分の1ほど。同定(生物の分類学上の所属や名前を明らかにすること)されるまでは「○○タケの仲間」と呼ばれます。その中には新種があるかもしれません。
私もいくつか新種を発見しました。2011年に北海道で採集した、エゾシカの糞から発生したきのこ(糞生菌類)を持ち帰って調べたところ、ヒトヨタケ類の新種と判明。学名には、共同研究者の名前と共にFukiharuの文字も記されています。
糞生菌は、特に興味のある分野。最近はベトナムの野生のアジアゾウの糞生菌を調査中です。
きのこの戸籍簿づくり
野外で採集されたきのこは、凍結乾燥して標本にし、標本庫に保存します。その後、DNA鑑定をしたり、培養したり、詳しく調べて「目録(戸籍簿)」を作り、常に最新版にアップデートしています。きのこがどんな環境にどのように生えているかという記録は、自然環境を知る上で貴重な指標になるからです。
秋に開催する「きのこ観察会」も、大切な野外活動です。参加者の多くは「おいしいきのこはどれ?」と、最初は食欲優先。でも、きのこ狩りをするうちに、植林の森より原生林に近い森に多様な種類のきのこがあることに気づいたり、きのこの暮らしぶりに興味を持つようになります。きのこを通して、菌類が森を支えていることを知り、生物の多様性にも気づく。きのこを勉強すると、森のことが分かり、地球のことを考える“地球人”になれるんです。
博物館は未来を見渡す展望台
「博物館は郷土の過去と未来を見渡す展望台」。過去の資料を見て学ぶことで、未来をどう創造していくかを考える場所なんです。博物館に保管されているきのこや自然の研究成果は、豊かな郷土を未来に残すための大切な情報なのです。
自然誌博物館だけでなく、歴史や美術館、図書館なども同じです。皆さんも、ぜひ近くにある博物館に行って、そこから未来を考えてほしいと思います。
「きのこ」とは
きのこは、菌糸(菌類がつくる糸状の組織)が集まったもの。栄養のとり方によって「腐生菌」と「菌根菌」に分けられます。腐生菌は、落ち葉や倒木などに生え、分解して土に還ります。菌根菌は、樹木とお互いに栄養を与え合って共生しています。ほかに、動物の死体の分解跡などに生える「アンモニア菌類」、動物の糞に生える「糞生菌類」もあります。いずれも自然界のバランスを保つのに大切な役割を担っています。
高校時代
福岡県久留米市にある男子高校で学んだ。成績は真ん中ぐらい。
大学時代
今西錦司(生態学者・探検家)に憧れ、今西さんがかつて学び、当時“探検大学”といわれていた京都大学へ。ワンダーフォーゲル部で野外活動のワザを磨く。
大学院時代
沖縄県西表島できのこの調査をする。そこで発見した「リュウキュウワカフサタケ」が、私にとって最初の「新種発見」となる。
千葉県立
中央博物館に勤務
1987年から、きのこ担当として勤務。「きのこの戸籍簿」づくりに取り組む。現在の標本数は約3万点。世界のきのこ研究に貢献するコレクションになった。
吹春俊光
1959年福岡県生まれ。千葉県立中央博物館植物学研究科。京都大学卒業。農学博士。専門分野は大型菌類(きのこ類の分類と生態)。博物館開館時から、千葉県の大型菌類について、野外から標本を集め、千葉県産のきのこの目録を更新している。へんてこな環境(動物の糞上や糞尿・死体が分解した跡)に生えるきのこ類も調べている。著書に『おいしいきのこ毒きのこハンディ図鑑』『見つけて楽しむ きのこワンダーランド』など。
イラスト:くぼあやこ
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2023年秋号(No.3)に掲載したものです。