“私が出会った本や音楽、そして旅”
私はあまり学校が得意じゃなくて、休み時間は一人で詩を書いているような中学・高校時代だった。一人が寂しくないわけではなかったけれど、詩を読んだり書いたりしていると安心していられた。金子みすゞや銀色夏生、茨木のり子、谷川俊太郎などの詩集を読んで、自分でも作るようになったのは中学生の頃だった。
詩は、小説やエッセイのように前後の説明がなくても、感覚的に心にくる感じが格好よかった。数行の短い文に、強烈に痺れ魅了された。高校は電車通学だったので、詩集を鞄の中に携えて、気に入った一編だけを何回も読んだ。十代の自分にすごくフィットしたものもあれば、大人になってぐっとくるようになった詩もある。最初から読まなくても、ぺらぺらとめくって、今日はこれがいいなと思う頁を開いた。読む度に、自分の中で詩は色を変えた。詩には隙間があるから自分の感覚で想像を膨らませた。
友部正人さんの『バス停に立ち宇宙船を待つ』は最近読んでぐっときた詩集だ。ミュージシャンでもある友部さんの作る詩からは、音が聴こえるようだ。実際に朗読するとリズム感がとっても心地よい。ひりひりする友部さんの言葉はときに優しく、ときに強烈に胸を刺し、ときに弱った私を抱きしめた。当時の私に教えてあげたい詩集だ。
『バス停に立ち宇宙船を待つ』
友部正人 ナナロク社
本や音楽が友達だった
私が中高時代に、本以上に夢中になっていたのは音楽だった。
放課後、吹奏楽部で音を鳴らしているときが一番楽しかった。今思うと、本や音楽が友達だったのだと思う。朝練や放課後練習もみっちりあって大変だったけど、合奏で音が共鳴していく感動を味わうと、厳しい練習もがんばることができた。
大学生になって軽音楽部に入ってさらに音楽を自分で作るようにもなっていくんだけれど、その頃によく聴いていたのがオアシスやレディオヘッド、ザ・ストロークス、くるり、GOING STEADY、スピッツ、ザ・ブルーハーツなどなど。本と同じように、好きなCDを何度も何度も繰り返し聴いた。なかでも高校時代はスピッツのアルバム『フェイクファー』をよく聴いていた。ちょっと切なくて壊れそうな歌詞やメロディが当時の私には必要不可欠だったんだ。「近づいても遠くても知っていた それが全てで何もないこと 時のシャワーの中で」(スピッツ「冷たい頬」より)。今聴いても当時の気持ちを思い出して、胸がぎゅーっとなる。
大学生になって軽音楽部に入りドラムを叩き歌詞を書くようになって、バンドでデビューして東京へ出た。音楽三昧の日々だった。今は作家・作詞家として、もう一つの好きだった文章を生業にしている。人生は長い。中学生の頃には全く想像していなかった自分がいる。
『フェイクファー』
スピッツ ©ユニバーサル ミュージック UPCH-1189 Polydor Records
旅をして世界が近づいた
二十代の後半からはバックパッカーで世界中のいろんな場所を旅するようにもなった。どの国にも学生はいたし、音楽があって、それぞれの場所でみんな一生懸命に生きていた。あの国で災害があった、テロが起きていると聞くと、出会った人達は大丈夫だろうかと顔が思い浮かんだ。
旅をすると世界が身近になった。東欧を旅したこともある。あの美しい場所が痛めつけられていると思うととても悔しかった。
『中学生から知りたいウクライナのこと』は、ウクライナとロシアや近隣の国々の歴史やこれまでの関係性を分かりやすく書いてくれている。どうしてこんなことになったのか、私も本当には分かっていなかったけれど、この本では数百年の長い歴史を紐解いてくれ、また、おいしそうな東欧の伝統料理や文化についても触れている。旅に出なくともウクライナに思いを寄せることができる。でも、きっと平和になった東欧をまた旅したい。
私の学生時代はイケてない苦々しい思い出ばかりだったけれど、だからこそ本や音楽、そして旅に巡り会えたんだと思っている。みなさんも、いっぱい失敗をしながら、これ好き! と思うことに出会えたらいいね。
『中学生から知りたいウクライナのこと』
小山哲、藤原辰史 ミシマ社
高橋久美子
作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。バンド・チャットモンチーのドラムと作詞担当を経て、2012年から作家・作詞家として活動。主な著書に小説集『ぐるり』、エッセイ集『一生のお願い』『いっぴき』『暮らしっく』『旅を栖(すみか)とす』、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』など。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなど、アーティストへの歌詞提供も多数。
イラスト:くぼあやこ
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2023年秋号(No.3)に掲載したものです。