“歴史、冒険、登山。惹かれたのは虚構より事実の世界”
強さに憧れた子供時代
今でこそ物書きを生業としていますが、子供の頃は真面目に本を読むタイプではありませんでした。虚弱体質で病院ばっかり通っていたせいで、強さに憧れていたんだと思います。カルチャー的なこと=弱さ、みたいな偏見があり嫌だったんでしょう。でもファミコンは好きでした。あとは野球やスキーばかりやっていました。
『三国志』
横山光輝・光プロ
(希望コミックス)
『国盗り物語』
司馬遼太郎
(新潮文庫)
ただ、よくわからないんですが、歴史の話は好きで、中学時代の愛読書は横山光輝の漫画『三国志』、父親の本棚にあった司馬遼太郎『国盗り物語』など歴史小説は読んでいました。
高校に入ると中国古代史好きが高じ、司馬氏の『項羽と劉邦』のほか陳舜臣の『中国畸人伝』『中国任侠伝』など、高校生とは思えない渋いジャンルを偏愛していました。
人間が見せる弱さと狂気
当時から虚構より事実の世界に惹かれる質で、佐々淳行『東大落城』とか立花隆『中核VS革マル』など、なぜか左翼革命系の本が好きでした。衝撃だったのは、大学時代に読んだ連合赤軍事件の主犯永田洋子の『十六の墓標』です。純粋に社会変革をめざした若者が、なぜこれほど恐ろしい狂気に陥っていくのか、その姿に、人生の意味を掴み取りたいともがいていた己の姿を重ね合わせていたのかもしれません。
映画でいうとコーエン兄弟(監督ジョエル・コーエン、製作イーサン・コーエン)の『ファーゴ』も衝撃でしたが、これもささいな出来事がきっかけで次々に殺人をおかす狂気を描いた作品です。今もそうですが、落ちるときの人間が見せる弱さ、脆さに、物悲しさとやるせなさを感じるのです。
登山や冒険の本に魅せられた
大学で探検部に入ってからは登山や冒険の本が増えました。影響を受けたのは本多勝一の一連の著作です。本多氏は新聞記者で『カナダ・エスキモー』など辺境の民を取材した人類学的にも価値の高いルポを残しました。また冒険や登山の観点から見た文化論も多く、『冒険と日本人』はこれまで読んだ日本人論としても秀逸です。
冒険の世界では植村直己の著作に影響を受ける人が多いです。私は必ずしも植村ファンではありませんでしたが、今は彼と同じく北極圏で犬橇の旅をするので逆によく読みます。彼の一連の著作では『極北に駆ける』が、犬橇を習得するまでの悪戦苦闘や地元イヌイットとの心温まる交流が描かれ、おすすめです。
『極北に駆ける』
植村直己
(文春文庫)
本が人生の道行を変える
登山でいうと、J・シンプソン『死のクレバス』はアンデスの氷壁で遭難した登山家が生還するまでを書いたドキュメントで、ハラハラする展開に一度読み出したら止まりません。
最近は北極でも日本でも狩猟をすることが多く、そっち方面の本をよく読みます。狩猟では動物の生態を熟知したうえで獲物に近づくので、登山や極地探検とは全然別の自然を経験することになります。久保俊治の『羆撃ち』は一歩間違えば殺されかねないヒグマとの抜き差しならないやりとりだけでなく、猟師の深い自然観が描かれています。
読書は人生を変えます。若いときに読んだ本の印象が時間とともに発酵し、その後の人生の道行を変えるということが本当にあるのです。
『世界最悪の旅』
アプスレイ・チェリー=ガラード
(河出書房新社)
私は今、極地に通いつめていますが、そのもともとのきっかけは大学時代に読んだアプスレイ・チェリー=ガラード『世界最悪の旅』という南極探検の古典でした。本により生き方が変わると、それだけ人生は豊かになると思います。
角幡唯介
探検家・ノンフィクション作家。早稲田大学探検部OB。チベット奥地にあるヤル・ツアンポー峡谷を探検した記録『空白の五マイル』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。その後、北極で全滅した英国フランクリン探検隊の足跡を追った『アグルーカの行方』や、行方不明になった沖縄のマグロ漁船を追った『漂流』など、冒険旅行と取材調査を融合した作品を発表している。
『
角幡唯介(集英社)
イラスト:くぼあやこ
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2023-24年冬号(No.4)に掲載したものです。