おもに江戸時代に作られ、今も伝えられている「古典落語」。
落語家が表情と小道具だけで聞かせる噺には、生活していく上で大切なことが語られています。
大工の熊五郎は酒癖が悪い。遊郭で遊びまくって家で大暴れをし、妻は一人息子の亀吉を連れて家を出て行ってしまった。
一人になって反省した熊五郎、酒をやめて一生懸命働くようになった。ある日、道で亀吉とばったり出会う。三年ぶりの再会だ。「おっかさんはどうしてる?」と聞くと、この近くの路地裏で内職をしながら貧乏暮らしをしているという。熊五郎は亀吉に小づかいをやり、「おとっつぁんと会ったことは、おっかさんには内緒にしろ」と言い、「明日、うなぎを食べにつれてってやる」と約束して別れた。
家に帰った亀吉は、うっかりして小づかいをおっかさんに見つけられてしまう。母親は「こんな大金、どうしたんだい? 人さまのを盗んだのかい?」と問いただすが、亀吉は「もらったんだ」と言うばかり。ついに母親は金づちを持ち出した。「おとっつぁんの金づちだよ。言わないなら、これでぶつよ。おとっつぁんがぶつんだと思いなさい!」
亀吉は泣きながら事情を打ち明け、母親はほっと胸をなで下ろした。翌日、亀吉がうなぎを食べに出かけると、母親も気になって店の前を行ったり来たり。それに気づいた亀吉が母親を呼び、親子三人が三年ぶりに顔を合わせた。「子どものためにもよりを戻してくれないか?」と頼む熊五郎。母親は、「子は夫婦のかすがいっていうけれど、本当だねぇ」とうれし涙を流す。
すると亀吉、「おいらがかすがい? だから夕べ、金づちでぶつと言ったんだ」
健気な子どもと気丈な母親。
泣ける人情噺の名作「子別れ」。
たくさんの苦労の後でハッピーエンドの春がきます。
親子の情愛を描いた、泣きどころ満載の人情噺
寄席や落語会を、笑い声ではなく、すすり泣きで満たす噺があります。親子の情愛を描いた「子別れ」です。ここでは、泣きどころを二つご紹介しましょう。
一つ目は、亀吉の健気さです。亀吉は父親にもらった小づかいで「鉛筆が買いたい」と言います。母子家庭の亀吉は鉛筆も買えない貧しさの中で、友だちに引け目を感じながら暮らしているのですね。
二つ目はシングルマザーとして生きる母親の頑張りです。亀吉が友だちにぶたれて額にケガをして帰ってくる場面があります。「おっかさんが抗議に行ってやる!」といきりたちますが、その子が仕事で世話になっている家の息子だと知ると一変。「痛いだろうけど、がまんしな。仕事がもらえなくなったら困るから」と亀吉をなだめます。女性が働ける場所が少ない江戸時代、母子二人で暮らしていくのは大変なこと。裁縫や手伝いの仕事を回してくれるお得意さまの機嫌を損ねたくなかったのです。
さて、オチに使われる「かすがい」ですが、これは大工用語で、二つの木片をつなぎ留めるコの字形のクギのことをいいます。皆さんは「かすがい=子ども」と覚えておきましょうね。
「子別れ」は三部構成の超大作
人情噺は滑稽噺と違い、じっくり聞いてもらう落語なので長い話が多いのが特徴です。その中でも「子別れ」は長く、全てを演じると一時間半はゆうにかかってしまう「大ネタ」です。そのため、三つに分けて演じられることがほとんどで、たいていは今回ご紹介した「第三部」だけの口演になります。
ちなみに、第一部は「強飯の女郎買い」、第二部は「子別れ」、第三部は「子はかすがい」と、それぞれ違うタイトルが付いていますが、現在は、「子別れ」といえば第三部を指すことが多くなっています。
人情噺:落語の演目のうち、人情味のある一席物の噺のこと。
滑稽噺:落語の演目のうち、愉快だったり、ばかばかしかったり、(*注訳)面白おかしい演題のこと。笑い話ともいう。
女手一つで子どもを育てる難しさ
江戸時代は今と違って、女性が働ける場所が少なく、自立して稼ぐことがなかなかできませんでした。「子別れ」の母親のように母子家庭ともなればなおさらで、ご近所さんの裁縫や洗濯を請け負うなどして生計を立てていくしかありませんでした。それでもなんとか生きていけたのは、町内みんなで子育てをする、困った時はお互いさまという精神が根付いていたからでしょう。
息子の亀吉がいい子なのは、一生懸命頑張っている母親の姿を近くで見ていたからかもしれません。
一人前になるため、落語漬けの毎日です
3月21日、晴れて真打ちに昇進します!
落語家というのは、前座見習い→前座→二ツ目→真打ちというコースをたどって一人前になります。私は入門から約13年で真打ちの座につくことができました。本当にありがたいことです。
「真打ち昇進を機に名前を変えるのですか?」という質問をいただくことがあるのですが、「わん丈」のままでいきます。今は亡き師匠・圓丈がつけてくれた名前なので、大切にしたいと思っています。
これから1年間は、「真打昇進披露興行」で日本全国をまわらせていただきます。新真打ちとして、初の「トリ」をつとめるのですが、その前には人気真打ちの師匠がたがズラリと並び、「披露口上」をしてくださいます。師匠がたの真ん中に黒紋付袴で私が座りますが、口上の間、新真打ちは喋ってはいけないというルールがあります。泣いてもいけない。笑ってもいけない。何を言われてもお客さまの顔を真顔で見続けなければいけません。一体どんなことになるのか、無事切り抜けられるのか、今から心配でたまりません。
「真打昇進披露興行」は3月22日から始まります。皆さんの街にも行くかもしれません。その時は、ぜひ足を運んでくださいね。
三遊亭わん丈
1982年、滋賀県生まれ。2011年、三遊亭圓丈(えんじょう)に入門(圓丈没後、天どん門下)。16年、二ツ目昇進。23年、彩の国落語大賞受賞。24年3月下旬から真打ち昇進披露興行が決定している。落語協会では12年ぶりの15人抜きでの「抜てき真打ち」となる。
https://www.sanyutei-wanjo.com/
写真:石山勝敏
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年春号(No.5)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。