戦争によって、街や生活はどう変わってしまったのだろう?
マンガで「戦争」を疑似体験する
1945年8月15日に日本が第二次世界大戦で敗戦を迎え、今年で78年になります。その間、日本は戦争をしていません。しかし、世界に目を向けると、ロシアによるウクライナ侵攻が続いていたり、今も世界のどこかで戦争は起こっています。
かけがえのない命を奪い、自然や生活を破壊し、憎しみをかりたてる。そんな戦争がなくならないのはなぜなのか。考えるヒントになるのが「戦争と平和」をテーマにしたマンガです。文字だけでは理解しにくい「空襲」「特攻」「艦砲」「銃剣」といった言葉や、見たり聞いたりするのをためらうような実話も、マンガならイメージしやすく、物語にも入り込みやすいでしょう。
戦争の理不尽さに打たれる
水木しげると手塚治虫。国民的マンガ家の二人は、戦争を経験し、その体験をベースに数多くの戦争マンガを残しています。
水木しげるは、第二次世界大戦の太平洋戦争で、兵士として激戦地だったラバウルに出征し、爆撃を受けて左腕を失っています。『総員玉砕せよ!』は、その時の体験を描いた作品で、作者自身が「九十%は事実」と文庫本のあとがきに書いています。
「玉砕」とは、玉のように美しく砕け散ること。敵陣に弾をうち込んで、ひるんだところを一挙に全軍殺到し撃破する戦法のこと。前半では、南国の島での兵士たちのリアルな日常がユーモラスに細い線で描かれていますが、戦闘が激しくなり、玉砕命令が出される後半に向けて、作品のタッチは、色濃く、力強く変化していきます。その変化には、水木の戦場での生死観や、自然の中で人間をどう捉えているのかが現れていると思います。
水木らしい独特のユーモラスな表現から、戦争の悲惨さ、理不尽さが立ち上り、読んだ者に「戦争をしてはならない」という気持ちを起こさせる戦記マンガの傑作です。
『総員玉砕せよ!新装完全版』
水木しげる(講談社文庫)
日本が戦場だった頃
太平洋戦争末期、手塚治虫は大阪大学附属医学専門部の学生でした。
日本への空襲は激しくなり、生活必需品や食糧も不足し、街に残った女性や学生たちは、学徒勤労動員(戦争末期の労働力不足を補うため、学生が軍需工場などで働かされていた)として働いていたのです。
その当時を描いたのが「紙の砦」です。戦時中もマンガを描き続けた主人公・大寒鉄郎のモデルは、手塚自身。空襲の危険にさらされたりする。そんな時でも「自分ではどうにもできないけれど、希望は捨てない」という強い意志が伝わってきます。
『紙の砦』
©手塚プロダクション
手塚は、3人のアドルフを描いた『アドルフに告ぐ』ではファシズムの恐怖を描いたほか、『ブラック・ジャック』『火の鳥』をはじめ、多くの作品で、国や人が争うことの愚かしさ、人間が人間らしく生きること、命の尊さのメッセージを発し続けています。その根本には、強い反戦の思いがあるのではないでしょうか。
『火の鳥 未来編』
©手塚プロダクション
『はだしのゲン』は、広島市の原爆投下前後を舞台にした作品です。主人公・ゲンが戦中戦後をたくましく生き抜く姿が描かれるとともに、被爆直後の悲惨な状況や、原爆を生き延びても後遺症におびえる人たちの様子も克明に描かれ、核兵器の怖さがひしひしと伝わってきます。
『はだしのゲン』コミック版(全10巻)
中沢啓治(汐文社)
エンターテインメント性の高い作品ですが、当時の日本を覆っていた軍国主義(経済・教育・文化など全ての活動は軍事力強化のために行うべきとする考え)や、人々がどう考えていたかなど、当時の時代背景がリアルに伝わってきます。長い作品ですが、図書館などで一度は読んでほしいと思います。
体験していない世代が描く戦争
戦争体験のない世代のマンガ家たちも、体験者や資料に取材して戦争を題材にしたマンガに挑戦しています。
『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』は、太平洋戦争で激戦地となったペリリュー島(パラオ諸島)の生還者に取材した、史実に基づいたフィクションです。
『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』
武田一義
(ヤングアニマルコミックス)
兵士たちは戦いが似合わない3頭身の愛らしいキャラクター。彼らに課せられる理不尽な役割が、いっそうリアルに感じられる効果を生んでいます。すさまじいゲリラ戦や犠牲者なども描かれています。
『特攻の島』(佐藤秀峰)は、福岡海軍航空隊が舞台。戦争末期、〝人間魚雷〟「回天」(魚雷に人が乗り込んで操縦する特攻兵器)に搭乗する若者の心の葛藤を描いています。主人公・渡辺裕三は、出撃すれば死ぬしかない回天の意味を自問しながら、死ぬための訓練を重ねていきます。
戦争を語る声に耳を傾ける
『戦争は女の顔をしていない』の原作は、2015年のノーベル文学賞受賞作品。第二次世界大戦に従軍した女性たちの証言をまとめたノンフィクションで、作者はジャーナリストのスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチです。戦場で女性たちがどんなことを考え、どんなことをしたのか。戦争後の生活にどんな影響を与えたのか。マンガならではのダイナミックな表現が迫り、目が離せなくなります。厳寒の独ソ戦の過酷さを知るとともに、戦争の理不尽さには国境がないことを実感させられます。
『戦争は女の顔をしていない』
小梅けいと
(KADOKAWA)
©2023 Keito Koume
Based on WAR’S UNWOMANLY FACE by Svetlana Alexievich
©2013 by Svetlana Alexievich
Japanese comic edition published by arrangement with Svetlana Alexievich in care of Literary Agency Galina Dursthoff, Koln, Germany through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo
激しい戦闘シーンなどはなく、静かに物語が進んでいくのが、こうの史代の『この世界の片隅に』と『夕凪の街 桜の国』です。戦時下の広島が舞台で、街の人たちの暮らしぶりを、ていねいに時代考証をして再現しています。戦時中、原爆投下から10年後、40年後、60年後の日常生活を描きながら、生き残ったことの負い目、原爆後遺症への恐怖など、戦争が終わっても消えない悲しみを静かに伝えています。
今日マチ子の『COCOON』は、史実をモチーフにしたフィクション。沖縄のひめゆり学徒隊(日本軍が中心に行った看護訓練で作られた、女子学徒隊の一部の名称)を題材にしています。今の皆さんと同じ、かわいいものが好きな少女たちの日常が戦争で踏みにじられていく様子が繊細な線で描かれています。
©今日マチ子(秋田書店)2010
『cocoon』
今日 マチ子
(秋田書店)
空想の世界の戦闘
空想の世界での戦闘を描いたファンタジーものもあります。例えば、『宇宙戦艦ヤマト』(松本零二)、『風の谷のナウシカ』(宮崎駿)、『進撃の巨人』(諫山創)、『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)などです。
実話とは違い、架空の世界で起こる戦いなので、ストーリー展開が自由。過激な描写があっても、フィクションと分かっているので読みやすいと思います。エンターテインメントとして楽しむだけでなく、「攻撃されたらどうするか」を考える視点を忘れないでほしいと思います。
平和のバトンをつなぐ
戦争マンガには、刺激の強い描写や、偏った意見の持ち主が登場することが多いので、時には、読んでいる途中でイヤになることもあるかもしれません。でも、そうした拒否反応も含めて、何をどう感じたかを覚えておくといいでしょう。読んですぐは分からなくても、のちに平和を考えるきっかけになるはずです。
マンガを読んで、戦争でどんなことがあったのかを知り、心に残るもの、引っかかりを感じたら、そのことについて友だちと話したり、調べたりするなど、行動することも大事です。
例えば、広島の「原爆ドーム」など、戦争の関連施設を訪れると、マンガで知った世界がリアルになります。地元に空襲があったかなど戦争中のことを知りたければ、図書館の資料で調べられます。身近に戦争体験者がいるなら、体験談を聞くのもいいでしょう。
戦争体験者の高齢化が進み、いずれ体験者の生の声を聞けなくなる時がきます。その時に、平和のバトンをつないでいくのは、戦争を体験していない世代です。戦いのない平和な日常を続けるためにできることはあるのか、考えていきましょう。
秋田孝宏
1965年東京都生まれ。元日本マンガ学会理事。米沢嘉博記念図書館スタッフ、大学非常勤講師。『タッチ』(あだち充)の最初のページに興味を持ち、マンガ研究を始める。専門はマンガの理論とデータベース。著書に『コマからフィルムへ マンガとマンガ映画』など。
写真:石山勝敏
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2023年夏号(No.2)に掲載したものです。