長距離走者として「箱根駅伝」出場の経験があり、現在はスポーツ科学の研究者である岡部祐介さんに、スポーツと根性について話を聞きました。
スポーツで、さまざまな困難に耐え抜いて、勝利などの結果をつかみとる精神力のこと。1964年の東京オリンピックで“東洋の魔女”と呼ばれた日本女子バレーボールチームとマラソンの円谷幸吉選手がメダルを獲得し、スポ根熱が一気に高まりました。しかし、70年以降、厳しい練習をすることで精神を鍛えるという考えは下火に。スポーツの基礎は、科学的根拠に基づいたトレーニングやコンディショニングによって鍛えられた体と技術。そこに仕上げとしてプラスされるのがメンタルの要素、つまり根性です。僕は「根性」とは「自信」のことだと捉えています。最後のパフォーマンスが勝敗を左右する時に重要になってきます。
技術のスキルを上げたり、競い合うばかりがスポーツではありません。例えば、「走るのは遅いけれど、球技は得意」とか、他人との違いに着目すると、自分の特長や個性がはっきりします。体を動かして、自分らしさを再発見するつもりでスポーツに取り組むと、楽しくなると思います。
スポーツにはストーリーがあります。勝つことで得られる高揚感や達成感、名誉心。負けることによる悔しさや挫折。自分が達成できなかったことを、一人のトップアスリートが成し遂げる姿。スポーツ観戦では、さまざまな人生を疑似体験できるので、素直に感動できるのだと思います。
アスリートたちは、日々、厳しいトレーニングを続けています。それは、努力や強い精神力がなければ続けられないものです。「楽しみ」は、そうした努力や根性の先にあるもの。オリンピックなどの大舞台で選手たちが「楽しみたい」と口にする時は、自信を持って試合にのぞめる準備が整っているということかもしれません。
アスリートのパフォーマンスを見て、苦しそうだったり、つらそうに見えたとしても、本人はものすごく楽しんでいることもあるんですよ。
部活は、広い意味でのアクティブラーニング(生徒が自分たちで主体的に学ぶ学習)です。自分の体を思い通りに動かせるようになったり、課題をクリアしていくことを実感するのは大切なこと。困難なことを乗り越えていく力にもなってくれます。
どちらが大事かではありません。才能に恵まれた人は、その能力を大切にすればいいし、そうでなくてもダメだと思わないでください。アスリートの素晴らしいパフォーマンスは、才能と努力によるもの。一人一人持っている才能は違うので、その才能をどうすれば伸ばせるのかを考えて努力することが大事です。才能をうまく生かす努力を積み重ねると、より優れた能力が発揮できるようになるからです。
「努力」「根性」と聞くと身構えてしまうかもしれませんが、スポーツの語源は、「遊び」「発散」です。自分は「努力」できないし、「根性」もないからと思わず、楽しそうだと思ったらスポーツをしてみてください。人はそれぞれ異なる体を持っていて、使い方も、できることも違います。スポーツでは、この動きはできるけど、これはできないなど、自分の体をより正確に認識できます。できることが分かると、自分から何かをやろうという主体性が生まれて、自分の世界が広がっていくと思います。
私は、中学から大学まで陸上競技の長距離ランナーでした。夢は、オリンピックでマラソンを走ることだったんですけど、だんだん下方修正されて、「箱根駅伝」を走りたいに変わりました。その目標は、早稲田大学時代、箱根駅伝に3回出場して、かなえることができました。
目標が達成できたのは、自分の力だけではなく、指導者・スタッフを含めた環境に恵まれ、偶然にも助けられたと思っています。
最初に箱根を走ったのは、2年生の時の8区。エントリー当初は控え選手でしたが、先輩のレギュラーメンバーが故障や体調不良で次々にリタイアしたため、私が走ることになりました。ただ、憧れの先輩がケガで走れなくなったことがショックだったし、急な抜擢で心の準備が全くできないまま本番に臨んだので、どう走ったのかほとんど覚えていません。
そして、3年生では10区、4年生で8区を走りました。
10区のアンカーを任された時は、過去最低順位の16位でした。この時は、自分が走れなかったこと以上に、周りからのプレッシャーがつらかったし、苦しかったですね。
今ふりかえってみると、あの時に必要だったのは、「鈍感力」だったと感じています。周りからのプレッシャーや雑音があっても、その状況を楽しめる精神力があれば乗り切れたのではないか、と。そして、耐え抜く根性も必要だったと思います。
大学を卒業してからは、全く競技をしていません。今は、見る側としてスポーツを楽しんでいます。
冊子でも少し話しましたが、自分ができなかったことを成し遂げているアスリートに、自分の思いやストーリーを重ねて楽しむことがあります。
私の場合は、大学の後輩・大迫傑さんのレースを見るのが楽しみです。日本を代表する長距離走者で、日本記録を2度更新し、2021年の東京五輪のマラソンでは6位入賞を果たしました。私が目指して達成できなかったことを、さわやかに達成する姿に素直に感動します。
現在は、大学の陸上競技部の副部長を務め、選手たちの学修支援を中心としたサポートに当たっています(実質的には監督・コーチが指導にあたられ、私は間接的に学生部員の学業支援・サポートが中心)。
指導する時に心掛けているのは、1対1でコミュニケーションを図り、信頼関係を築くこと。さらに、「それぞれの選手が持っている能力を引き出すこと」というコーチングの前提を常に意識することです。
選手から指導者へと立場が変わっても、ずっとスポーツと関わってきたのは、スポーツの楽しさを知っているから。そして、その楽しさをみんなにも体感してほしいと思っています。
特定の種目をしなくてもいいので、まずは、自分の体を、自分の思い通りに動かせるようにするところから始めましょう。自分だけの体の感覚を知ったり、体の使い方を学んだりすると、いずれは自己認識や自己形成にも役立つと思っています。
スポーツの語源は、「遊び」「気晴らし」「楽しみ」です。さまざまな感情を発散させて、楽しむことが大事なんですよ。
(構成:編集部)
岡部祐介
岡部祐介
1981年茨城県生まれ。関東学院大学経営学部准教授、博士(スポーツ科学)。専門はスポーツ哲学、スポーツ文化論、スポーツ社会学。中学から大学まで陸上競技部に所属。長距離ランナーとして活躍し、早稲田大学時代に箱根駅伝にも出場。現在、陸上競技部の副部長を務める。著書に『スポーツ根性論の誕生と変容』など。
イラスト:藤 美沖
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年夏号(No.6)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。