[ 特集 ]「ありがとう」の気持ち、伝えてる?

「お礼を言わなくちゃ」と思っているのに言っていないと、心がどんよりしていきます。小さなことでも、すぐにお礼を言うことができれば、心のにごりがなくなってスッキリ毎日を送れます。「お礼を言おうか」と気づいたら、それがチャンス。手紙を書いてみましょう。

「自分の気持ちは、相手にも伝わっている」。そう思っていませんか? これ、伝わっていないことのほうが多いんです。伝わっていたとしても、直接言葉にして伝えるともっと相手に届きます。感謝や「好き」という気持ちは、きちんと言葉にして伝えてみましょう。

書いてすぐ送るLINEとは違って、手紙は、書くのも送るのにも時間がかかります。それが手紙の面白いところ。「この言葉で伝わるのか」「言いたいことはちゃんと書けたのか」。自分と向き合って、対話しながら自分の思いを振り返ることができるのです。このタイムラグは、感情の暴走を抑えることにも役立つので、より良い人間関係を築くための味方になります。手紙は、人に優しいツールなんです。

手紙を書く時には、「体育祭の時、応援してくれてうれしかった」など、その相手とあなたの具体的なエピソードを入れましょう。「いつもありがとう」などのありきたりな言葉より、気持ちが伝わりやすくなります。特に、「好き」を伝える場合は、相手のどんなところが好きなのかを書くと、「こんなに自分のことを見てくれているんだ」と伝わって、お互いの距離もぐっと近くなるはずです。

好きな人や、お世話になった方に手紙を書く時は、その相手のことを思い浮かべてみましょう。特に印象に残っていること。どんな時に助けられたのか。その人のことをより深く考えると、相手のことがよく分かり、自分との関係もはっきりしてきます。手紙を書くことで、自分だけではなく、相手のこともよく見えてくるのです。

「文学フリマ」※1などで、自作の文学作品をZINEジン※2や同人誌にするのが盛り上がっています。いつでもネットで発信できるのに、紙に書いて表現したい人、それを読みたい人が、こんなにたくさんいるなんて! 普段はLINEやメールなどのデジタルツールがメインだから、紙で表現することがエモいんです。手紙やカードを使って、気持ちをうまく伝えられたら、すてきなことが起こりそうです。

※1 自作の文学作品を展示・即売するイベント。
※2 個人や少人数で制作する小冊子や自主出版物。

最初は、普段SNSでする言葉のやりとりの場所を、紙の上に移すつもりで書いてみる。すると、知らないうちに自分と対話していたり、スマホに頼らずに言葉を探していたり、意外な面白さがあることに気づくでしょう。

読んだ時に、相手の人がどう思うか、どう感じるかと想像することが大事。自分語りのモードが強くなると、相手を困らせてしまうこともあるので気をつけましょう。

例えば、「ナンバーワンよりオンリーワン」など、Jポップでよく聞く言葉や流行の言葉は避けましょう。借り物の言葉ではなく、自分の言葉で表現すれば、思いはずっと伝わります。

 時間の流れは誰にでも平等で、過ぎてしまえば二度と戻りません。そのかけがえのない一瞬を、大切な人と共有できたことはすばらしい出来事です。その時の「こんなに大切に思っているんだよ」という気持ちを、相手に伝えるツールとして、私は手紙をすすめます。

 手紙がツールとして優れている点は、大きく2つあると思います。
 一つは、書き手であるあなたが、伝えたいことを時間をかけてじっくり考えられるところにあります。
 一番伝えたいことは何か。それが決まったら、それに関する思い出を探します。その時あなたはどう感じたか。なぜ心に残ったのか。相手と自分だけが知っているエピソードを書くと、たとえ「ありがとう」や「好きだよ」という言葉がなくても、あなたの伝えたい思いは伝わるでしょう。
 エピソードは特別なことでなくていいんです。「あの時一緒に作ったパンケーキがおいしかったね」「高校でもサッカーをやるって言ってたね。応援に行くね」など、日常的なことほど後からすてきな思い出になったりします。

 もう一つは、受け取り手が、受け取った時だけでなく、何度も読み返せること。手紙を受け取った相手は、あなたの伝えたい思いを、読むたびに何度も受け取ることができます。何年も先に、思いがけずその手紙を手にして、当時のうれしかった記憶がよみがえることもあるかもしれません。

 紙に手書きするというのは、すでに頭の中にあるものをアウトプットする作業とは少し違います。手を動かすうちに、頭の中で考えていることが分かってくるという側面があるからです。
 手書きとスマホの入力とを比べてみると分かりやすいでしょう。
 スマホなどで文字を打つと、日頃よく使う言葉や、世の中でよく検索されている言葉が予測変換文字として表示されます。すると、「これかも」と、その文字に飛びついてしまいます。
 しかし、手書きでは、そうした候補が出てきません。自分と対話し、受け取った相手のことを想像しながら、気持ちにぴったりな表現を探しながら、書き進めなければなりません。面倒に思えるかもしれませんが、これはとても大切な時間です。
 中には、「面倒くさいから生成AIで作っちゃおう」と考える人もいるかもしれません。生成AIは便利ですが、自分の思いを伝えたいのに、他人(機械)に作ってもらうのはちょっと違いますね。 AIの文章が表現するのは、世の中の多くの人の思い、つまり最大公約数的な思いです。それではあなたが「伝えたい思い」ではなくなってしまいます。あなたと相手との共通の思い出だってAIは知りません。感謝の気持ちや思いを伝えたいなら、自分で書くしかないんですね。

 もう一つ、手紙には、カードやレターセットを「選ぶ」楽しさもあります。紙の手ざわりを楽しみながら、この冬は、ぜひ大切な人に手紙を書いてみませんか?

(構成:編集部)

『「人生で大切なことに気づく」ための文章術 自分のことを書いてみる』岸本葉子(アスコム) 

岸本葉子きしもとようこさん
1961年、神奈川県生まれ。東京大学教養学部卒業。会社勤務、中国留学を経て文筆活動に入る。食や旅、暮らし方を題材にしたエッセーを多く発表。俳句に詳しく、本誌「EY文芸部」のコメンテーターも務める。『自分のことを書いてみる』『エッセイの書き方』など著書多数。

写真:吉原朱美 イラスト:イラカアヅコ、村澤綾香

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2025-26年冬号(No.12)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。