乳歯がけるって本当?

子供の頃から、「なぜ?」「どうして?」が口癖くちぐせで、疑問に思ったことは何でも自分で確かめたい性格でした。大人を困らせることもありましたね。

母から「炭酸飲料ばかり飲んでいると乳歯が溶けるよ」と言われた時は、自分の抜けた歯を2本、それぞれ酢と炭酸飲料に丸一日ひたしてみました。すると、酢に入れた歯は溶けて、炭酸飲料に入れた歯はほぼ溶けなかったのです。

人に言われたり、教科書を読んだりするだけでは納得できず、実験することが好きでした。それを勉強とは思っていなくて、知らないことを知るのが楽しかったんですね。

「BASIC」で満点!

プログラミングに初めて触れたのは、高校生の頃。数学の教科書をめくってみたら、後ろのほうにプログラミング言語の一つ「BASICベーシック」が載っていたのです。授業では習いませんでしたが、システムエンジニア(SE)の父が仕事で使っているプログラミングだと気づいて、興味を持ったのです。家族で毎週図書館に行っていたので、それ以来、趣味でプログラムを読んだり書いたりしていました。

これが後に大助かり。大学入試センター試験の数学で選択問題の「確率」が、計算ミスで答えが合わなかった時、とっさに選択問題の一つだったBASICに切り替えてみたらスラスラ解け、全問正解。それまでセンター試験のBASICの過去問を見たこともなかったのに……。今では笑い話ですが、試験時間残り5分に起きた奇跡でした。

情報科学×ぬいぐるみ?

「情報科学」は、世の中の問題をコンピューターを使って解く学問です。私の場合は、趣味の手芸と情報科学を組み合わせた研究をしています。

子供の頃、ウサギのぬいぐるみを作ろうと思って、クマの型紙をアレンジして、布を縫い合わせ、綿わたを入れてみたことがありました。でも、耳がピーンととがってつののよう。うまくできなかったのです。

自分でぬいぐるみの立体形状を考えたとしても、そこから型紙に展開するのは簡単ではありません。そこで、誰でもオリジナルのぬいぐるみを作れるプログラムを開発しました。作りたいぬいぐるみの大まかな形(平面)をマウスで描くと、立体になった時のイメージがコンピューターグラフィックス(CG)で表示され、その型紙も自動で作製されます。「自分オリジナルのぬいぐるみを作りたい」という願いを叶えてくれるもので、ワークショップでも大人気です。

自分で線引きしないで

手芸やものづくりを専門とする人とコンピューターに精通した人は、異なる集団に属していて、共同で行う研究はあまりありませんでした。でも、私は今、「家政科に行かないとできない」と思われていたことに情報科学の視点で関わっています。情報科学は、コンピューターを通じて、ほかにも医学、音楽、料理など、いろいろな分野とつながっていくことができます。

ユース世代の皆さんにも、同じように「自分は文系だから、理系だからこれしかできない」と線を引いてしまわずに、好きなことを伸ばして、いろんな可能性を探していってほしいと思います。

「情報科学」とは

情報科学は、情報伝達の理論、情報の収集・整理・蓄積・処理などについて研究する学問。普段使っているパソコンやスマートフォン、そこで動くアプリにもたくさん応用されています。例えば、電車の乗り換え案内やカーナビなどの経路探索。いくつもある経路から最短のものをすばやく見つけ出す方法は、情報科学の研究分野の一つです。

小学校時代

SEだった父が職場から持ち帰ってくるパソコンを触るのが週末の楽しみ。キーボード入力するために、小学校低学年から懸命にローマ字を覚えた。

中高一貫校時代

まだ「男子は理系、女子は文系」という世の中だったが、女子校だったので全く気にせず数学と物理を学ぶ。大学で情報科学科に進学したが、女子大だったので女性が少ない研究分野だと気づかなかった。

大学・院時代

CGでオリジナルのぬいぐるみを作れる「ぬいぐるみモデラーの開発」で独立行政法人情報処理推進機構の未踏事業「天才プログラマ・スーパークリエータ」に認定された。

お茶の水女子大学の准教授に

身の回りの困りごとを情報科学の力で解決するべく、手芸以外にも生活空間全般や教育などにも視野を広げて学生たちと取り組んでいる。

自作のプログラムで作った
オリジナルのぬいぐるみ

五十嵐いがらし悠紀ゆき
1982年生まれ。専門はコンピューターグラフィックスやユーザーインタフェース。特にコンピューターを用いた手芸設計支援の研究などを行う。鷗友学園女子高等学校卒業。お茶の水女子大学理学部情報科学科卒業。東京大学大学院修士・博士課程修了。博士(工学)。明治大学総合数理学部講師・准教授を経て現職。著書に『縫うコンピュータグラフィックス』など。

イラスト:くぼあやこ

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2023年夏号(No.2)に掲載したものです。