生物の進化を解き明かすカギは「ウイルス」にある

ウイルスの正体や生物進化との関わりなどを研究します。21世紀になって、環境ウイルスという視点が加わり、研究分野が多様化しています。 

ウイルスはどこにでもいる

 ウイルスは、人間の目では直接見えないほど小さな存在です。われわれと違って、生物ではないのに、どういうわけかでんを持っています。そして生物のさいぼうに勝手に入り込んで増えていきます。この謎だらけの存在であるウイルスについて探求する学問が「ウイルス」学です。

 皆さんがすぐに思いつく「ウイルス」といえば、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスでしょうか。これらの有名なウイルスは、私たち人間に感染して病気を起こす(「病原性ウイルス」という)ので、ウイルス=悪者”というイメージを持つ人が多いようです。しかし、病原性ウイルスは氷山の一角に過ぎません。

 実は、地球上には多種多様なウイルスがいて、そのほとんどは人間に悪さをしません。それどころか、ヒトと共生して役に立っているウイルスも確認されています。ほかの生物に感染して生態系のバランスを図っているウイルスもいます。

 こうしたウイルスは、水やじょう、空気中など、いたるところに存在しているので「環境ウイルス」といいます。

 環境ウイルスの研究が進展し始めたのは、21世紀になってからです。それまでのウイルス研究は、主に病原性ウイルスを対象として、医学分野で進んできました。

 今では新たに環境ウイルスが加わって、微生物学や生命科学の分野からアプローチする研究も増えました。これからは「ネオ(新)ウイルス学」として発展していくと思います。皆さんにも、ウイルスを広い視野でとらえ、興味を持ってもらえることを期待しています。

ウイルスと妖怪の共通項

 僕がウイルス研究を志すようになったのは東京理科大学ににんしてからですが、小さい頃から生き物が大好きでした。特にヒトデやウニなど、ヒトとは全く違う形をした水生生物に興味があり、たくさんの生き物がった図鑑を見るのが好きでした。

 大学で生物学をせんこうし、生化学や分子生物学も研究しました。最終的にウイルス学を専門に選んだのは、目に見えないものへの憧れがあったからです。実は僕は、妖怪も好きなんです。ウイルスと妖怪には、目に見えないけれどさまざまな形で存在しているという共通項があるのです。

ウイルス界の常識が変わった

 今、専門に研究しているのは「巨大ウイルス」です。2003年、フランスの研究者によって存在が明らかにされた「ミミウイルス」が最初でした。ミミウイルスは、光学顕微鏡で見える大きさ(ふつうのウイルスの10倍近い大きさ)だったので、発見から10年近くの間、細菌だと思われていました。しかし、詳しく調べると、ウイルス独自のとくちょうがあり、細菌ではなくウイルスだと分かったのです。さらに、従来のウイルスに比べて多くの遺伝子を持ち、より複雑なこうぞうや機能を持っていることが分かっています。それまでのウイルス界の常識にとどまらないウイルスだったのです。巨大ウイルスの発見は、これまでの生物や生命、地球環境についての考え方を見直すきっかけになりました。さらに研究が進めば、巨大ウイルスを手がかりに、生物の進化の仕組みや起源を解き明かすことができると思います。

ウイルスは“生物”?

ウイルスは、生物ではなく、「生物にかぎりなく近い物質」です。生物(細胞)と違って、細胞膜がなく、代謝をせず、自力で複製できないので、物質と捉えられます。しかし、ほかの生物(宿しゅくしゅ=ウイルスが寄生する動物や植物)の細胞に入り込んで、その中で複製をつくり、増殖するので、生物と無生物の中間と考えられています。

僕が発見した「巨大ウイルス」

巨大ウイルスは世界中で発見されていて、僕もいくつかの新種を見つけました。代表的なものでは、「トーキョーウイルス」と「メドゥーサウイルス」を発見、命名しました。まだ発表していない新種もあるんですよ。

ウイルス学がよく分かる本

ブルーバックスシリーズの著書『生物はウイルスが進化させた~巨大ウイルスが語る新たな生命像』(講談社)で、最新のウイルス研究に触れられます。

武村ラボの実験室。
巨大ウイルスの発見、ばいよう、DNAのちゅうしゅつなどを行い、
ウイルスの正体を解き明かしています。

 2003年にミミウイルスが特定されるまで、われわれ専門家も含めた全ての人類は、ウイルスを生きた状態(一部のウイルス学者はウイルスを生物だと思っているので、生きる・死ぬと表現します)で見たことはありませんでした。それまでは、死んだ状態のウイルスのサンプルを固定して電子顕微鏡で見るしかなかったからです。

 しかし、ミミウイルスは光学顕微鏡で見ることができるほど大きかった。それまでのウイルスよりケタはずれに大きいということで「巨大ウイルス」と呼ばれるようになりました。

 それ以来、巨大ウイルスは次々に発見されていて、僕もこれまでに20種以上の新種を見つけました。代表的なものでは、2015年に東アジア初の巨大ウイルス「トーキョーウイルス」を、2019年にしんかくせいぶつ(注1)の起源と関わりがあると思われる「メドゥーサウイルス」を、そして2021年にはミミウイルスの仲間の新種「コトンウイルス」を発見、命名しました。

 中でもとても特殊なウイルスが、メドゥーサウイルスです。

 巨大ウイルスの特徴の一つは、真核生物が持っているヒストン(注2)の遺伝子をいくつか持っていることです。メドゥーサウイルスは特別で、真核生物が持つヒストンの遺伝子を5つ全て持っていました。その理由は不明です。

 こうした巨大ウイルスの遺伝子は、進化の過程で、宿しゅくしゅの細胞の中で複製する時に組み込まれたものと考えられています。また逆に、ウイルスに感染した宿しゅくしゅのゲノム(生物の持つ遺伝情報全体)に、巨大ウイルスの遺伝子が入り込んだ可能性も考えられます。

 そうであるなら、メドゥーサウイルスのような巨大ウイルスが、真核生物の進化に影響を与えていたのかもしれません。ひょっとしたら、われわれ真核生物にヒストンのような遺伝子をもたらしたのが、実はメドゥーサウイルスの祖先だったのかもしれません。

 興味があるのは、ウイルスがどう進化してきたのか。そして、ウイルスが感染する生物と共にどう進化(共進化)してきたのかです。その謎を解明し、探求していけば、真核生物の起源にまでたどりつけると考えています。

武村政春

(注1)核がある細胞を持っている生物。多細胞生物は全てこれに含まれる。
(注2)遺伝子の発現をコントロールするタンパク質

コトンウイルス。千葉県のたんすいいきで採取した水から、ミミウイルスの仲間の巨大ウイルスを発見し、表面繊維の形状から「コトンウイルス」と命名しました。ゲノムサイズは1.47Mb(塩基対)にもおよび、ミミウイルスの仲間の中でも最大のゲノムサイズを持つツパンウイルス(1.5Mb)に匹敵するなど、ミミウイルスの中では新しい系統のウイルスであることが分かりました。また、ウイルス工場を作る方法がほかのミミウイルスとは異なることも分かっています。

細かい作業の多い実験には、根気が必要です。極少量が測れる2マイクロピペットは必需品。

ウイルスに興味を持ったら読んでほしい本
『ウイルスの世紀~なぜ繰り返し出現するのか』
『ウイルスの意味論~生命の定義を超えた存在』
山内一也著(みすず書房

たけむらまさはる
1969年三重県生まれ。名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。名古屋大学助手などを経て現職。専門は巨大ウイルス学、分子生物学、生物教育学。『ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ!』『生物はウイルスが進化させた』『身近にあふれる「細胞・遺伝子」が3時間でわかる本』など多数。

写真:小林真純 イラスト:くぼあやこ

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年春号(No.5)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。