環境汚染の実態を知り、原因を探ります。そこから、汚染の予防策を考え、SDGsに沿った資源循環型の仕組みなどを提案しています。地球環境の保全に役立つ研究です。

プラスチックごみの現実

 プラスチックや化学せん、合成洗剤、人工かんりょうなど、人類がこれまでに合成した化学物質の数は数千万種以上あります。これらは自然の物ではないので、じゅんかんすることなく、川や海、土の中に残り続けて、環境をせんしています。こうした現状を変えるために、環境汚染の実態を調査し、生き物への影響を調べ、予防策や解決策を提案しているのが「かんきょうげんがく」です。

 環境汚染の中でも、世界の共通課題になっているのが、プラスチックごみです。「海にただようプラスチックごみが、うみどりの胃の中から出てきた」という報告が最初にあったのは、1970年代の初めでした。それから半世紀たった今も、世界的にプラスチックの生産量は増え続けています。

 ぶんべつしてリサイクルする仕組みはあるものの、大量に作って使っているため、その処理能力を超えて、環境中にあふれ出てしまいます。あふれた物は、雨や風に運ばれて、川や海に流れ着きます。せいぶつによって分解されることがないので、遠くまで流されて、世界中の海をプラスチックごみがゆうしているのが現状です。

研究の原点はがわの調査

 この研究を始めたきっかけは、中学生の時に化学部でがわすいしつ調ちょうをしたことでした。1970年代前半のことです。その頃の多摩川は、生活排水が処理されずに流れ込み、まるでドブ川のよう。現地で採集したサンプルを持ち帰り、実験室で分析すると、結果が数字やグラフに現れます。その数字と、現地で見聞した情報、例えば匂いや感触などと考え合わせて原因を探ることが面白くて、「将来は環境調査をしたい」と思うようになりました。フィールドワークを大切にする研究スタイルは、この頃から変わっていません。雨上がりの昨日も、がわ(多摩川の支流)で調査をしたばかり。せいてん時との水質の違いを調べています。

 その後、『すいしつ調ちょうほう』を書いたはんたかひさ先生の研究室(東京都立大学)に入り、東京湾の調査をしました。その過程で、新しい汚染物質「アルキルベンゼン」を発見。修士1年の時に、自然科学誌『Naネイtureチャー』に論文が掲載されました。

東京湾での水質調査

循環型社会を目指して

 環境問題を突き詰めていくと、原因やメカニズムを科学的に究明すると同時に、予防策や解決策を示すことが必要です。

 例えば、プラスチック。なるべく使わないようにするには、プラスチックに代わる素材が必要です。そこで、私たちは、プラスチックを自然の物に置き換えられるように、木材や紙、布などのバイオマス資源(動植物から生まれた再利用可能な資源)の活用と育成を目標に研究を進めています。

 さらに、バイオマスや完成したバイオプラスチックをたくさんの人に使ってもらうためには、社会や経済と連携して取り組む必要があると考えています。

 目指しているのは、資源の循環を通して、持続可能な社会をつくることです。そのために、循環型の資源の仕組みや、環境汚染の防止策などをどんどん提案していきます。SDGs(持続可能な開発目標)に沿った解決策を、社会に向けてポジティブに発信できるのが、環境資源学の面白さであり、素晴らしいところだと思っています。

中東レバノンのゴラン高原のごみ処分場での排水調査の様子。
日本の研究室に持ち帰って解析する。

プラスチックごみとは?

 プラスチックは、紫外線を浴びることで劣化し、壊れて小さくなり、マイクロプラスチック(5㎜以下のプラスチック)になります。さらに小さくなるとナノプラスチック(1000分の1㎜以下のプラスチック)と呼ばれます。海に浮遊するプラスチックをエサと間違えて食べた魚介類を、私たち人間が食べてしまうこともあります。すでにヒトの血液中からプラスチックが見つかっていて、健康被害の心配もされています。

プラスチックフリーを進めよう

 プラスチックフリーを進めるには、まずはなるべく使わないこと。東京農工大学では、キャンパス内に給水器を設置するなど、プラスチックフリーキャンパスを目指しています。

世界中の人たちと協力

 研究室では、環境にれ出てしまった化学物質をいち早く見つけるために、モニタリング調査「インターナショナルペレットウォッチ」を行っています。世界各地の協力者が、海岸に落ちているプラスチックの粒を拾って、研究室に送ってくれます。それを分析し、結果を公開しています。
http://www.pelletwatch.org/

 冊子版の記事で話したように、プラスチックごみ問題は、世界的な課題となっています。きっかけとなったのは、2016年の世界経済フォーラム(通称ダボス会議)の報告書で、このままでは2050年には海洋中のプラスチックの総量が重量ベースで魚の量を超えると予測されたことです。
 プラスチック削減に向けて、世界的なルール作りも始まっています。現在、国連加盟国や国際機関などが参加して「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条文)」(通称「プラスチック条約」)に関する議論が続けられていて、科学者からもさまざまな提案がなされています。第4回会合は4月に終わったばかりで、第5回は11月に予定されています。
 世界的に危機感を共有しているにもかかわらず、プラスチックの生産量が減らないのは、どうしてか。「プラスチックは安いから、たくさん使ってしまうのは仕方ない」という言い訳をしているからではないでしょうか。
 実際には、プラスチックごみが環境を悪化させることによる経済的な損失が大きいことを忘れてはなりません。
 また、処分・リサイクルする費用―例えば、ごみ集積場から処分場までの輸送費や人件費。リサイクル施設や焼却炉の建設費や維持費、処分にかかるエネルギーなど――もかなりかかります。これらの費用が、皆さんの税金でまかなわれていることを考えれば、プラスチックは安いという思い込みはひっくり返るはずです。
 海外では、リサイクル費用や、悪化した環境を修復する費用などを生産者が負担する制度(拡大生産者責任)を取り入れています。これによって増加した生産コストが商品に転嫁されて販売価格が高くなるため、プラスチックの消費が抑えられている国があります。例えば、ドイツではペットボトル等のプラスチックのリサイクルと処分費用をメーカーが負担しています。
 日本でも、拡大生産者責任を取り入れるべきという議論がありますが、反対意見が多く、導入できていません。
 このように、プラスチック問題一つを取っても、自然科学的なアプローチだけでは解決できません。環境問題に取り組むならば、自然科学的な視点に加えて、社会的、経済的な視点も身につけて、全体像をとらえてほしいと思います。

インド、ムンバイでの調査
ガーナ湖での調査

 ここでは分かりやすい例としてプラスチック問題を主に取りあげました。でも、プラスチック問題だけが環境問題ではありません。大気汚染や地球温暖化など、幅広く環境問題に関心を持ってもらいたいと思います。
 進路を選ぶ時は、環境問題を扱っている大学を選んだり、関心のある分野に進んでください。今興味のある分野が、入学後に変わったり、興味の幅が広がることもあるでしょう。そんな時にも受け皿のある、多様な研究をしている大学を選ぶといいと思います。
 環境資源学の面白いところは、さまざまな環境汚染の原因が何か、どんなメカニズムかを究明するだけでなく、同時に多様な解決策も示せるところです。それは技術的な解決策だけではありません。限りある資源の循環を考えながら、SDGsに沿った社会の仕組みを提案できることが、とても重要で、面白いと思っています。

(構成・編集部)

高田秀重

たかひでしげ
1959年東京都生まれ。環境中に残っている化学物質に焦点を当て、環境汚染の解決策について研究している。市民科学的活動「インターナショナル・ペレットウォッチ」を主宰。著書に『環境汚染化学』(共著)、監修本に『プラスチックモンスターをやっつけよう!』『みんなで考えたい プラスチックの現実と未来へのアイデア』などがある。

イラスト:くぼあやこ

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年夏号(No.6)に掲載したものです。