運動やスポーツにおける栄養の重要性を科学的に探究。すべての人の健康維持、パフォーマンスの向上に役立つ学問です。

 運動栄養学は、範囲の広い学問です。ここでいう「運動」とは、体を動かすすべてのこと。その運動が競技の性質を持つと「スポーツ」と表現されます。「栄養」は食生活全般を指すので、体を動かすことと食べることを、どうつなげていくかを探究するのが「運動栄養学」ということになります。

 大谷翔平おおたにしょうへい選手のようなアスリートが、より良いパフォーマンスをするには、どのような食事をするのがベストなのか。それを考えるのも運動栄養学ですし、けがをした患者が、リハビリ期間中にどういう栄養補給をすれば早く回復するのかを考えるのもまた、運動栄養学なのです。

 どんな栄養を、どのタイミングで、どのくらいの量をとればいいのか。それは、運動量や年齢、体の大きさなどによって違ってきます。赤ちゃんから高齢者まで、それぞれの人が質の高い食生活を送るための栄養指導に取り組んでいます。

大学院生が中心となって、スポーツ選手の食事管理を実践しています

骨代謝の研究はライフワーク

 私が栄養学を目指したのは、中高生の頃。食べることが大好きで、「食べた物が口に入って見えなくなってから、どう変わっていくのか?」という科学的な興味を持つようになりました。

 その頃はバスケットボール部に所属していて、鉄欠乏貧血症てつけつぼうひんけつしょうで息切れに悩んでいました。バランスのいい食生活に取り組んだことで改善でき、食べることの大切さを実感したのも、きっかけの一つです。

 大学時代は、江澤郁子えざわいくこ先生のもとで「骨代謝こつたいしゃ」の研究を、栄養と骨の関係、運動と骨の関係の視点から行いました。

 骨は、運動や栄養の影響を大きく受けます。栄養や運動が適切かどうかを測るパラメーターにもなりますが、骨の変化を調べるには長い時間がかかり、骨代謝のプロセスも完全には解明されていません。そこも興味深く、骨に対する身体や、さまざまな生活要因(運動・スポーツ、食など)の影響について探究を続けています。

力を発揮するには栄養が必要

 自分のやりたいことを実現しようと努力する時、大きな力や集中力を発揮するためには、適切な「栄養」が必要です。

 食生活の基本は、主食、主菜、副菜、牛乳・乳製品、果物がそろった食事をすること。食品は、それぞれ主に含む栄養素(食品成分)が異なるからです。

 また、適切な「量」は体重で判断します。成長期で体重が増えるはずなのに増えないなら、食べる量を増やすなど、中高生の皆さんも、食べたいものを食べながら、「量」と「質」の両面から調整できるようになってほしいと思います。

▲体を測り、食事を評価し、その結果をフィードバックしていきます。これは、DXA法による体組成測定のようす

▲ジュニアアスリートを対象にした「食育セミナー」

朝ごはんを食べよう!

 現在の日本では、ファストフード店やコンビニなどが増え、好きな食べものが、いつでもどこでも手に入ります。でも、それだけに、正しく食べることが難しくなっています。
 例えば、スナック菓子やインスタント食品など、好きなものだけを食べていたらどうなるでしょう。空腹は感じませんが、栄養は偏ってしまいます。その結果、食品があふれている割には、「低栄養」な状態にあるといわれています。

 特に、思春期の頃は成長期にあり、活動量も増えるので、多くの栄養を必要とします。ところが、“やせ願望”から無理なダイエットを始める人が後を絶ちません。
 実際、日本人の女性は、身長の成長が止まった後、20~30代で体重が減る傾向にあります。本来は、身長に見合った体重を維持していなければならないのに、減ってしまうのは問題です。
 現在は「やせ過ぎは不健康」という認識が世界的に広まり、ファッション業界で有名なパリコレでは、やせ過ぎのモデルは舞台に立てません。成長期にあるジュニアアスリートの世界でも、規定の体重を下回っていると大会に参加できません。

 中高生から20代くらいまでは、一生の中でも一番元気な時期です。体に不具合が生じるまでには時間がかかるので、食生活の影響には気づきにくいかもしれません。また、食事に関しては親任せという人が多いでしょう。
 しかし、いずれは独立して一人暮らしをするなど、自立する時がきます。その時になって困らないように、少しでも食事や食品、栄養に関心を持って、食生活でも自立できるよう、少しずつ準備してほしいと思っています。

 運動栄養学の世界も発展し、最近では健康の三原則「栄養=食べること」「運動=体を動かすこと」「休養=睡眠」の3つをセットにして考えるようになっています。というのも、食べたものを体に定着させるためにも休養の時間がすごく重要だということが分かってきたからです。

 スピード感が求められている現代においては、必要とされるだけの休養をとるのはなかなか難しいようです。けれど、1日24時間で、栄養、運動、休養の配分をどうするのか意識して生活すると、より健康的な生活を送ることができて、やりたいことの実現にも役立つと思います。

(構成・編集部)

麻見直美

『好きになる栄養学 第4版』 麻見直美、塚原典子(講談社)

麻見直美おみなおみさん
1991年日本女子大学家政学部食物学科卒業。管理栄養士。筑波大学体育系教授。専門は運動栄養学・スポーツ栄養学・栄養学。広い視野で食生活を考え、実践・教育・研究に取り組んでいる。主な著書に『好きになる栄養学食生活の大切さを見直そう』など。

写真:小林真純 イラスト:くぼあやこ

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2025-26年冬号(No.12)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。