
漢字が「日本化」するまで
私たちが普段使っている漢字は、いつから使われるようになったと思いますか? 今から2000年ほど前の弥生時代に、中国から日本に伝わりました。日本にまだ文字がなく、話し言葉しかなかった頃のことです。漢字が言葉を表していることに気づかず、おまじないの呪符に見えたので、「不思議な力のある飾りだな」と受け止められていました。
5、6世紀頃に、漢字は音と意味を利用すると日本語も書けると分かると、日本人同士でも使われ、どんどん日本化していきました。日本人は、時代や文化に合わせて漢字を工夫し、使いこなしてきたのです。
漢字を含め、身近な言葉や文字が、どこで生まれて、どう変化してきたのか。現在はどのように使われているのか。そうした謎を解き明かしながら、言葉を使う人との関わり、社会に与える影響などを調査・研究する学問が「国語学」です。
漢字ハカセ誕生!
私が漢字の面白さに目覚めたのは、小学5年生の時。漫画本と友だちの話から、タコの漢字には「蛸」と「鮹」があると知ったことがきっかけでした。この時、初めて手にした漢和辞典には、見たこともない漢字がいっぱい載っている。それまでは漢字を書くのは面倒くさいとか思っていたのですが、「漢字はこんなにいっぱいあったのか」「全部覚えたら漢字博士になれるな」と、漢字の研究に踏み入りました。
中学時代は、「ハリスの旋風」「倶楽部」「型録」といった面白い漢字を見つけては、観察していました。「いつ、どこで生まれたんだろう?」という謎を解明したくて、調査をし、オリジナルの「當て字大辭典」を自作していました。高校に入ると、「国字※」に興味を持ち、考察や分析、解明などの研究を開始。
早稲田大学では、さらに漢字を学ぼうと中国文学を専攻しましたが、日本語の面白さに気づき、大学院から「国語学(現在の日本語学)」を研究するように。漢字研究に熱中するうち、“漢字ハカセ”と呼ばれるようになっていたのです。
※ 国字:中国生まれの漢字を使って日本語を書き表していくうちに、すでにある漢字では間に合わないことが起こります。そこで例えば「畑」「樫(かし)」など日本独自の漢字が創られます。これらを「国字」「和字(わじ)」と呼びます。
日本語は複雑で表情豊か

日本語の魅力は、漢字やひらがな、カタカナなど多様で複雑、表情豊かなところです。例えば「さくら」。ひらがなで表記すると咲き始めのイメージ。「桜」なら満開。「サクラ」では散り始め。「櫻」ではレトロな風情を感じます。また「おいしい」「美味しい」「オイC」など表記によってイメージが違ってきます。
このように、文字には、読む人の印象や思考を方向づける働きがあり、この感覚を「表記感」と呼びます。この表記感を楽しんでいるのは、世界で日本だけ。表記感は日本人の知性と情緒が生み出したものなのです。
これからの私のテーマは、日本人が使ってきた言葉の真実を伝えること。漢字のことは、みんな漠然と知っていると思っているでしょう。でも、調査研究をすると新たな発見がたくさん出てきます。解明されていない謎がまだまだあるのです。
最近、高校生たちが「こんな漢字を見つけました」と、メールで報告をくれるようになりました。そんな時は「君がよく調べるといいよ」と調べ方や考え方のアドバイスをします。研究は一人で完成させられるものじゃない。研究者だけでなく、高校生や趣味で行っている社会人、みんなでやろうよという気持ちです。
例えば、街を歩いている時、看板の字に注目してみてください。ひらがななのか漢字なのか。漢字にもたくさんの種類がある。表記感はどうか。飲食店や公園の看板、マンホールの蓋にも考えるきっかけがあります。見つけたものを写真に撮っておいて一つ一つの例を大事にしましょう。そこから何か見つかるかもしれないし、考える対象になります。そうして、日本人が細工し続けてきた漢字のもつ面白さと奥にあるものに気づいてもらえたらうれしいです。

▲街を歩いていると目にするさまざまな看板。漢字の書き方や送りがなをよく見ると、多くの発見があります
ハカセからのメッセージ

名前を調査していると、命名が社会の動きにリンクしていることが分かります。
例えば、活躍した人の名前を付ける“あやかりネーム”。かつて甲子園球児の荒木大輔さんが人気を集めた時は、大輔くんが激増。今は、アニメキャラクターにあやかった名前も増えています。また、「愛」と書いて「ラブ」ちゃん、「本気」で「マジ」くんなど、個性的な“キラキラネーム”とも呼ばれる名も増えました。最近多いのは、「陽葵」と書いて「ひまり」ちゃん。前に登場した「ひまわり」ちゃんがベースになった、辞典にない読み方です。
皆さんも、自分の名前や推しの名前などについて調べてみると、意外な発見があるはずです。



辞典に載っていない漢字があるのはなぜ?
小学生の時に“漢字ハカセ”と呼ばれるようになってから今に至るまで、漢字に対する興味はずっと続いています。どんなに研究しても、漢字に関する「なぜ?」「どうして?」という謎は次から次へと出てきて、「もっと知りたい」「調べてみよう」「考えてみよう」という気持ちになるからです。
中国で生まれた漢字を、日本人が、日本語や日本社会に合うように変えてきた。その過程や変化を調べ、丁寧に掘り下げて、解き明かしていくと、人々と漢字との関わり方まで分かって、とても楽しいんです。
さまざまな「なぜ?」の中でも、長年の謎になっていたのが、小学校の下級生の名字「靏田」くんの「靏」でした。鶴にあめかんむりが乗っている。「すごい鶴があるなあ」って感心して調べてみると、辞典に載っていないんです。中学生の時に祖父母に頼んで、やっと買ってもらった全13巻の『大漢和辞典』にも載っていない。世界最大といわれ、5万文字も収録している辞書なのに。小学生が使っている漢字なのに。
「立派な博士が作った辞典に載ってない字があるのはなぜ?」「じゃあ、漢字って一体何なんだろう?」と、だんだん「なぜ?」が増えていく。
この時に、やっと気がつきました。漢字を調べるには「漢和辞典」1冊とか13巻とかではとても答えが出ない。いろいろな角度から調べる必要があるんだと。
また、漢和辞典は、どうやら中国中心に作られていて、日本の現実はしばしば置き去りにされていることにも気づきました。それからは、「なぜ?」と思ったら、図書館に出かけていろいろな本を開き、自分なりに、調査・分析・考察をするようになりました。
さて。「靏」の確かな答えが見つかったのは、大学生になる頃でした。
もともと日本には、漢字を草書に崩して書く文化がありました。「鶴」を崩して書くと、左上の「ワかんむりにノ」のような部分がグニャグニャになって「雨」のように見える。それを見た人が、左側をあめかんむりで書くようになり、それがだんだん大きくなって独立し、ついにはあめかんむりの「靏」になった。「雨の中にたたずむ鶴」みたいな情緒豊かな日本人らしい空想もあったのかもしれませんね。調べるうちにそういう経緯が証拠とともに分かってきて、長年の謎の答えにたどり着いたのです。
大学院生になると、私は国語学の研究室にいましたが、その頃は、漢字についてこうした考察をした先人がほとんどいなかったんですね。異体字に詳しい先生も「好きにやんなさい」と言ってくれたので、本当に好きなように研究を続けました。それらの発見はとどまることがなく、今も続いています。

手書き時代の基準はゆるやかだった
最近は、文字は書くものではなく、キーボードで打ったり、画面をタッチしたりして入力するようになりました。そうした影響から、漢字表記の基準がデジタル化しています。パソコンやスマホに表示されるフォントで見た漢字が正しいと思い込む若者が増えて、頭の中までガチガチに固まってしまっているようです。
もともと漢字はストライクゾーンが広い文字です。手書きの時代は、例えば、漢字の「はね」「とめ」などの基準もゆるやかで、さほど厳密なものではありませんでした。手書きをすると、直線が斜めになったりして、手書きの味わいのようなものがあって個性が出ます。
しかし、デジタルの基準では、「横線は真横に」「縦線は真っ直ぐに」といった画一化が進んでしまいます。「漢字はこうあるべき」と捉えて、正解の幅を勝手に狭めてしまっているんですね。漢字に対する寛容さ、柔軟性が失われてしまい、日本の人たちが古来楽しみながら使いこなしてきた漢字が、だんだん窮屈になっているなと感じています。
手で書くことって、実はとても大事なことなんです。手書きだと、1回ごとに形が変わる。二度と同じ形には書けないんですよ。それってドラマチックでしょ。それが、直筆の手紙だとしたら、すてきですよね。だけど、携帯メールだと、同じものをコピペして使い回したりする。そんなものは、本人でなくても、AIでも作れてしまう。
大学の授業では、ノートパソコンで入力する人もいます。でも、「提出物は紙で」というのが、私の講義のルールなので、毎回、紙を配って手書きで提出してもらいます。中には、字が上手でなかったり雑だったりして読みづらい人もいるけれど、頑張って解読して「これも個性」と思いながら内容を読み取っています(笑)。
手書きが減ったせいで、最近の若者は、「略字」をあまり書かなくなりました。例えば「門」は「门」、「第」は「㐧」など。楽に書けたほうがいいと思うのに、略字を見せると、学生に「気持ち悪い」とまで言われてしまう。ノートは略字を使って速く書いて、テストではちゃんと書けばいいと思うのですが、「切り替えが面倒くさい」「切り替えられずに間違えるかも」とか言って、手間がかかることをわざわざしている。エネルギーの使いどころが間違っていると思うのです。
「正しい漢字を書きなさい」というより、「漢字はもともと基準がゆるいのだから、場面ごとに楽しみながら、相手に伝わるように工夫したり、配慮したりしながら使いましょう」というのが私の考え。そうした姿勢で、漢字の普及に努めています。
漢字は、今も変化を続けています。これからの日本語の漢字表記を支え、また時代に合わせて変えていくのは、ユース世代の皆さんです。かつての日本人が、新しい漢字を創ったり、当て字で記したりしてきたように、心にしっくりくる表現を探してみると楽しいと思います。

漢字ハカセを目指す人へ
これから“漢字ハカセ”、つまり漢字研究者を目指そうという人には、事実をよく観察することを勧めます。例えば、「公園の看板がひらがな表記になっているのはどうしてかな」とか、歩きながら見つけたマンホールのふたの文字とか、書籍や新聞などのフォントとか。いろいろな文字の中に、考えるきっかけが隠れています。
何かを見つけたら、証拠の写真も撮っておく。そうして一つ一つの実例を大事にする。「神は細部に宿る」といって、一見何でもないところに真実が潜んでいるので、細かいこともおろそかにしないようにしたいですね。そして時には、文字を見ずに、「あの現象とあの現象とをどう関係づけようかな」など、つながりを体系的に考える時間も作りましょう。さらに、先人の研究をちゃんと踏まえることも大切です。そのようにコツコツと進めていけば、きっと独創的な研究ができるようになるでしょう。
(構成・編集部)
笹原宏之

『漢字ハカセ、研究者になる』 笹原宏之 (岩波ジュニア新書)
笹原宏之さん
1965年東京都生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授。博士(文学)。日本語と漢字の研究者。専門は「国字」に関する研究。漢字に関する政策作り、教科書や事典・辞書の編纂、教育や学会を通じた普及啓蒙など、幅広い分野で活躍。『国字の位相と展開』『日本の漢字』など著書多数。

写真:石山勝敏 イラスト:くぼあやこ
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2026年春号(No.13)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。



























