うっかり者の与太郎よたろうはいつも失敗ばかりしている。ある日、父親に「佐兵衛さへえおじさんが家を普請ふしん※したから、新しい家をほめてこい」と言われた。

 「このたびはけっこうなご普請をなさいましたな。家は総体そうたいひのき造り、天井は薩摩さつまのうずら木目もくめ、左右の壁は砂ずりで、たたみ備後びんご五分縁ごぶべり、庭はみかげ石造りでございますな」

 そう言うように教えられたものの、与太郎の口から出たのは、「家は総体へのき造り、天井は薩摩いもとうずら豆、佐兵衛のかかあは引きずりで、畳は貧乏でボロボロ、庭は見かけ倒しでございますな」。

 こんなことを言ったら大変だと、ほめ言葉を紙に書いて持っていくことに。

 紙を隠れて読みながら、家をほめる与太郎。教えられたとおり、台所の柱の節穴ふしあなを指差し、「あの穴の上に秋葉様あきばさまさまのおふだを貼ってごらんなさい。穴が隠れて火の用心にもなる」。柱の穴を気にしていた佐兵衛は、すっかり感心して与太郎に小遣いをくれた。

 調子に乗った与太郎は、次は牛をほめにかかる。

 「この牛は、天角地眼一黒鹿頭耳小歯違てんかくちがんいっこくろくとうじしょうはちごうちごうですな」。得意げに言ったとたん、牛が目の前でふんをボタボタッ。佐兵衛があわてて謝ると、与太郎は牛のお尻を指差して言った。

 「あの穴に、お札を貼るといいですよ。穴が隠れての用心になる」

※普請 家屋を新しく建てたり、修理すること。

マンガ:藤井龍二

主人公はうっかり者の与太郎。新築したおじさんの家をほめに行くことになった。与太郎のまぬけな振る舞いが聞きどころ。気持ちよく笑える滑稽噺こっけいばなしです。

とぼけた魅力たっぷり。与太郎ワールドを楽しもう。

 古典落語には、はっつぁんやくまさんなど、楽しいキャラクターがよく登場します。でも、落語界のスーパースターといえば、やはり「与太郎」。漫才やコントのボケ役を想像してください。まぬけで失敗ばかりしていますが、正直でどうにも憎めない。与太郎が登場する噺は「与太郎噺」と呼ばれ、誰もが楽しめる演目ばかりです。

 「牛ほめ」でも与太郎が大活躍。個性的で突拍子とっぴょうしもない与太郎をどう演じるかが、落語家の腕の見せどころでもあります。

 そして、与太郎噺に欠かせないのが、与太郎を何とか一人前にしようとする人たちです。この噺の中でも、よその家を訪ねる時のあいさつの仕方や言葉づかい、家や牛のほめ方を、父親が見本を見せながら与太郎に教えています。

 江戸時代は、ものを教える場所があまりありませんでしたから、常識や礼儀作法はこうして人づてで学んでいました。大事なことを笑いにして教えてくれる寄席よせも、いわゆる「耳学問」の場だったのです。

 ほめ言葉をなかなか覚えなかったり、言い間違えてばかりの与太郎。与太郎に分かるようにほめ方を教える父親や、与太郎のほめ言葉を喜ぶ佐兵衛。この噺を聴いた時は、与太郎の個性と、見守る人たちの愛情にも注目してください。

与太郎でなくても分からない? 「家ほめ」を解説

まず、「総体ひのき造り」ですが、これは家全体が高級木材のひのきで造られているということ。「薩摩さつまのうずら木目」は、薩摩(今の鹿児島県)で採れる屋久杉やくすぎのうずらの羽の模様のような美しい木目をいいます。「砂ずり」は、泥を塗った壁の上に砂をすりつけて仕上げた土壁つちかべのこと。茶室などに用いられていました。「備後びんご五分縁ごぶべり」は、備後(今の広島県)で作られる畳のことで、縁を五分(約1.5センチ)に仕上げた高級品。佐兵衛おじさんはかなりのお金持ちだったようです。

良い牛の条件は「天角地眼一黒鹿頭耳小歯違てんかくちがんいっこくろくとうじしょうはちごう」!

呪文のような「牛ほめ」の言葉ですが、二文字ずつ区切って読んでみましょう。まず、角は天を向いていて、眼は地をにらみ、色は真っ黒で、鹿のような頭をして、耳は小さく、歯はくい違っている。学問の神様・菅原道真すがわらのみちざね公がこういう牛に乗っていたそうです。与太郎は「天角地眼てんかくちがん」を「三角地眼さんかくちがん」と言い間違え、さらに「一石六斗二升八合いっこくろくとにしょうはちごう」と言って父親を怒らせました。「こくしょうごう」は江戸時代の米の計量単位です。とっさにこんな語呂合わせができるなんて、たいしたものです。

「台所の柱の穴には秋葉様のおふだ」の理由

秋葉様あきばさまとは、現在のJR山手線の駅名である「秋葉原あきばはら」駅名の由来となった「秋葉原神社」のこと。祭神は火産霊大神ほむすびのおおかみという火の神様。火除け・火伏せにご利益があるといわれています。江戸・東京は火災が多く、町内を焼きつくすような大火にも何度も見舞われてきました。火事を恐れる気持ちが強かったため、人々は秋葉様のお札をいただいて、「火の用心」としたのです。台所という火の事故が起こりやすい場所なら特にありがたいお守りになったでしょう。

おばあちゃんのズック

 先日は祖母の92歳の誕生日でした。何かほしいものはあるか聞いたら、「ズックがほしい」と言うんです。皆さん、「ズック」が何か分かりますか? 布製の運動靴のことです。おばあちゃんっ子の私は、それならオシャレなスニーカーがいいだろうと、さっそく外国製のスニーカーを買って送りました。履いた感じが「雲の上を歩くよう」とも言われるブランドのものです。
 おばあちゃん、履き心地はどう? 僕とおそろいなんだよ、なんて思っていたら、足が入らないという返事。甲高で幅広のおばあちゃんの足にはハイカラ過ぎたようです。それではと日本製のスニーカーを送ったら、今度はぴったりだと大喜びしてくれました。

 誕生日といえば、私の誕生日は12月1日。この冬号が出る12月1日※、私はまた一つ年を取り、43歳になります。42歳はとてもいい年でした。落語家として成長できたことはもちろん、夏休みに家族でオーストラリア旅行ができたこと、秋には「シティホテル3号室」さんとのコントにも挑戦しました。この調子で頑張ってまいりますので、43歳の私もどうぞよろしくお願いいたします。

※冊子の『ETHICS for YOUTH』冬号は12月1日発行。
(構成:編集部)

三遊亭さんゆうていわんじょうさん
1982年、滋賀県生まれ。2011年、三遊亭圓丈えんじょうに入門。2024年3月、真打ち昇進。ネタ数は約250席。古典から自作まで幅広いネタを持つ。古典と自作の両方で多くの賞を受賞。保育園や小中学校で行う「学校寄席」はライフワーク。
https://www.sanyutei-wanjo.com/

写真:中村嘉昭 マンガ:藤井龍二

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2025-26年冬号(No.12)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。