おもに江戸時代に作られ、今も伝えられている「古典落語」。
落語家が表情と小道具だけで聞かせる噺には、生活していく上で大切なことが語られています。

長屋の若い者が集まり、世間話をしているうちに、それぞれ怖いものを言い合うことになった。ヘビが怖い、アリが怖い、馬が怖いといろいろ出たが、乱暴者の松公だけは、「俺には怖いものなんかないぞ。アリなんか食っちまう」と威勢がいい。一つくらいはあるだろうと詰め寄ると、ぶるぶる震え出し、「実は、饅頭が怖い。考えただけで気分が悪い」と隣の部屋で寝込んでしまった。
よし、いつも威張り散らしている松公をこらしめてやろう。みんなで山のように饅頭を買ってきて、松公の枕元に積み上げた。松公はむくりと起き上がると、「饅頭だ、怖いよ〜」と言いながら饅頭を次から次へと食べ始めた。
だまされたことに気がついた若い者、「お前が本当に怖いものはなんだ?」と聞くと、「今は、お茶が一番怖い」

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あいつ、いつも威張っているけど、饅頭が怖いらしい。日頃の仕返しに饅頭ぜめにしてやろうと長屋の連中はたくらんだが…。何度聴いても笑ってしまう落語の手本のような噺。


この噺は、中国の笑い話集『笑府』に載っていた話を落語にしたもの。筋が分かりやすく、面白いので、多くの落語家が演じ、磨かれてきた名作落語です。
落語家になりたての前座がやる「前座噺」として知られていますが、ベテラン真打ちが演じても、また楽しい。上方(関西)では、たっぷり時間を取って語られ、寄席のトリ(最後)を飾ります。
主人公は乱暴者の松公。長屋の連中は「饅頭」で日頃の仕返しを計画します。ほめられるような人は出てきませんし、自分勝手な松公一人がおいしい思いをして終わる。なんとも人間くさい話です。
落語は、人の弱さやダメなところを否定しないで笑いに変える芸能。「饅頭こわい」には、そうした持ち味がぎっしり詰まっているから、愛されてきたのでしょう。
見どころは、「怖い、怖い」と言っている松公が饅頭をおいしそうに食べる場面。「栗饅頭があるぞ。あー怖い。そば饅頭、酒饅頭…」とムシャムシャ。ここには、公演する地方の名菓を入れたりも。
ちなみに、饅頭を食べる仕草には型があります。饅頭を食べたら、食べたところを見る。自分の歯形を確認するように見るのがポイントです。





江戸と上方で、二つの味わい

落語には大きく分けて、江戸・東京の「江戸落語」、京・大阪で発展した「上方落語」の二種類があります。それぞれ成り立ちや演出の仕方に違いがあり、江戸落語と上方落語では同じ噺がまるで違う作品になることがあります。「饅頭こわい」もその一つ。江戸落語の場合は、あらすじ通りで15分ほどの短い噺ですが、上方落語では怪談話がはさみこまれて、45分前後の大ネタへと変化します。そのため、関東では落語家になりたての前座が、上方ではベテランの落語家(上方では真打ち制度がありません)が演じることが多くなっています。
饅頭は江戸時代の花形スイーツ

饅頭の発祥の地は中国。豚や羊の肉を入れて作った肉饅頭が始まりとされています。鎌倉時代に日本に伝わると、肉の代わりに野菜や小豆あんを入れた饅頭が考案され、現在のようなかたちになっていきます。当時は貴重なものだったので、庶民の口に入るようになったのは、砂糖が一般に使われるようになった江戸時代から。甘くておいしい饅頭は大人気になり、全国各地でさまざまな饅頭が誕生しました。落語家たちは公演をする土地の饅頭の名前を出すのがお決まりになっています。
江戸時代には「誕生日」がなかった?

噺の冒頭で、一人の男が「今日は俺の誕生日なんだよ」と言う場面があります。すると、全員がポカーンとしてしまいます。中には、「今日生まれたって言うけど、昨日おまえと会ったよ」などと言い出す者も。
なぜこんなに話が通じないのでしょうか。江戸時代は元日にみんな一斉に年を取る「数え年」で年齢を数えることが一般的でした。つまり「誕生日」に歳を取ることがなかったのです。一般の人の誕生日を祝うようになったのは、昭和24年に年齢に関する法律が制定され、「満年齢」で歳を数えるようになってから。「今日は俺の誕生日なんだよ」と言っていた男は、時代を先取りしていたのですね。




亡き圓丈師匠の教え
「おまえ、今からこの世界で出会う人は、この先60年、70年もつきあっていく人だって、全員に思いながら関わっていけよ」。
これは、落語家になりたての私に、亡き圓丈師匠がかけてくれた言葉です。落語家の世界では、人間関係は始まったら終わりません。イヤだなと思う人間とも、「饅頭こわい」の登場人物たちのように、なんとか面白いところを見つけながら何とかつき合っていきます。師匠はそのことを教えてくれたのです。
着物が大好き
落語家にとって着物はユニフォームです。中には、「仕事で着るから作業着だ」なんて言う師匠もいらっしゃいますが、私は着物が大好き。この間も、新しくおしゃれ着を紬で作ってみようと思いたち、呉服屋さんに相談してみたんです。すると、「能州紬」を6色もお持ちくださって。能州紬というのは、能登半島の輪島市で作られている紬。繊細で美しい光沢が特徴です。被災地である能登の応援にもつながるので、即決で深い緑色の能州紬を購入しました。羽織には、「わん丈」の犬の紋を付けて。この着物で高座に上がるのが楽しみです。
(構成:編集部)
三遊亭わん丈さん
1982年、滋賀県生まれ。2011年、三遊亭圓丈に入門。2024年3月、真打ち昇進。ネタ数は約250席。古典から自作まで幅広いネタを持つ。古典と自作の両方で多くの賞を受賞。保育園や小中学校で行う「学校寄席」はライフワーク。
https://www.sanyutei-wanjo.com/

写真:中村嘉昭 マンガ:藤井龍二
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2026年春号(No.13)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。



























