『源氏物語』と平安時代
『あさきゆめみし』が『源氏物語』をぐっと身近に
『あさきゆめみし』の連載が始まったのは1979(昭和54)年。当時の中高生にとってハードルが高かった『源氏物語』と「古典」の授業を、この作品が一気に身近にしました。中学生だった私も、この作品がきっかけで源氏の世界にのめり込みました。
丁寧な時代考証のもと、平安時代の人々や生活が華麗な絵とせりふで表現され、光源氏をはじめとした平安貴族の所作や暮らし、そして恋愛模様や生きざまにみんなが夢中になりました。
能や歌舞伎、美術など、さまざまな芸能や文化と結びつきながら千年もの間愛されている『源氏物語』は、今でいうメディアミックス第1号かもしれません。今でも多くの現代語訳や、ドラマや映画が生まれているのは、時代を経ても古びない歴史と物語の魅力があるからで、それは『あさきゆめみし』も同じ。華麗なる「大和源氏」を最初の扉に、『源氏物語』の世界を旅してほしいと思います。
『あさきゆめみし 新装版(1)』(全7巻)
大和和紀
(講談社)
1979年から1993年にかけて
月刊『mimi』『mimi Excellent』で
不定期に連載。
REKISHI
紫式部はなぜ『源氏物語』を書いたのか?
『源氏物語』は個人の女性が書いた日本最古の小説。紫式部は、父が東宮(次期天皇)の家庭教師をしていた縁で宮廷の女房として働きました。宮廷で見聞きした平安貴族の遊びや文化、宮廷の内情や噂話が『源氏物語』のヒントになったのです。『源氏物語』が千年もの間読み継がれているのは、登場する女性たちが巧みに描かれているから。朧月夜、花散里など、ヒロインの名前のセンスもすごいと思います。
光源氏は実在するの?階級社会は大変だった
平安時代は生まれた時から階級が決まっている厳しい格差社会。貴族や官人でも、どんなに頑張っても官位は上がらず、お勤めにも大きく差があり、貴族といえども夜中まで働いたりも……。もちろん恋愛や結婚にも階級が影響しました。しかし、光源氏は、華やかな恋をしてばかり。架空のキャラクターだったからこそ、誰もが憧れ、世界中で読み継がれてきたのかもしれません。
かな文字が生まれた平安中期
平安時代の貴族は、男女は別の建物で暮らし、男性と女性はそれぞれ別の文化を持っていました。書く文字も、男性は「漢字」を使っていましたが、女性専用の文字として、草書体が変化した「かな文字」が広く使われるようになりました。文学の世界が広がり、『源氏物語』や清少納言の『枕草子』が生まれたのも、かな文字があったからなのです。
平安時代のできごと
⚫︎ 894年 菅原道真・遣唐使中止
⚫︎ 935年 平将門の乱
⚫︎ 939年 藤原純友の乱
⚫︎ 1001年頃 清少納言の『枕草子』が書かれた
⚫︎ 1007年頃 紫式部の『源氏物語』が書かれた
⚫︎ 1016年 藤原道長が摂政となる
⚫︎ 1053年 平等院鳳凰堂建立
本を読んで、『源氏物語』と平安文化をさらに楽しむ
『源氏物語』と平安文化をさらに楽しむために、おすすめの本を紹介します。
平安時代は、和歌や物語が生まれた時代です。和歌が楽しめるようになると、平安文学がまた一段イキイキとして、いろんなものが読めるようになります。
例えば『源氏物語』の和歌に注目してみましょう。『源氏物語』にはさまざまなキャラクターが登場しますが、末摘花という、鼻が赤くてイケてないんだけれど面白い女性が詠んだ和歌はやはり昔風。光源氏から逃げて、蝉のぬけがらのように着物を残して去っていった空蝉の和歌は、自分の言葉ではなく古い歌からの引用だったりと、それぞれのキャラに合った和歌が詠まれているんです。
放送中のテレビドラマ『光る君へ』(NHK)でも、登場人物たちが和歌をやりとりする場面が印象的に描かれています。
『源氏物語』の和歌を中心に解説してくれているのが、俵万智さんの『愛する源氏物語』(文春文庫)。これは、私が中高生の頃読んで、古典の魅力に気づくことになったきっかけの本です。
その本と対になったような『恋する伊勢物語』(筑摩書房)もおすすめです。『伊勢物語』は『源氏物語』よりも短いので読みやすいし、和歌から物語が発展するような話が多くなっています。
「古文」というと敬遠されがちですが、解説本を読みながらでも和歌を理解できるようになると、平安文学はがぜん面白くなりますよ。
『なんて素敵にジャパネスク』(コバルト文庫)は、氷室冴子さんが書いた少女小説。「コバルト文庫」という女子向けの小説として発表されたものです。平安時代の雰囲気がよく分かるので古典入門にいいと思います。全10巻の長いシリーズですが、復刻版が発売されているので、最初の1、2巻だけでもぜひ読んでみてほしいと思います。
さいとうちほさんの『とりかえ・ばや』(フラワーコミックス α)は、『とりかへばや物語』をマンガ化した作品。これも面白くて、マンガとしてとして楽しんでいるうちに、古典文学が学べるようになっています。『とりかへばや物語』は、映画『君の名は』(監督・新海誠)の元ネタになったことでも知られています。
私が古典に興味を持ったのは、小説や漫画を読んだことがきっかけでした。中高生の皆さんにも、同じように古典や歴史に興味を持ってもらえたらうれしいです。
三宅香帆
『愛する源氏物語』
俵万智
(文春文庫)
『恋する伊勢物語』
俵万智
(ちくま文庫)
三宅香帆
書評家・作家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。大学院時代の専門は萬葉集。著書に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(角川文庫)他多数。
写真:桂 伸也 イラスト:藤 美沖
※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年春号(No.5)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。