[ 特集 ]アオイナツ

 みんなで一つの音楽を作る楽しさと難しさを経験できることです。高校のコンクールなら55人もの演奏者がいて、たくさんの楽器がある。曲の理解のし方や進み方も人によってバラバラ。それでも同じ目標に向かって、少しでも前進していく。部活でしか体験できないことだと思います。
 僕も中学時代は吹奏楽部員でした。大学時代に磨いた文筆の技術を生かし、架空の吹奏楽部の部長というキャラ設定で、全国の吹奏楽部員を応援するようになりました。

 コンクール用の楽譜を見たことはありますか? ♯や♭が付いた音符がズラッと並んでいます。見た瞬間にはみんな「絶対に無理だ」って思うんです。でも、「やるしかない」。テンポを指定の半分以下に落とし、時間をかけて1音ずつ、1小節ずつ練習していくと、できるようになるんです。
 時には部員同士でけんかになることも。でも、最後は音楽でつながり合える。仲間たちと過ごした日々は、最高に輝く青春だと思います。

 「全日本吹奏楽コンクール」は、7月頃から各地で地区予選がスタート。さらに都道府県大会、支部大会を勝ち抜いた中から選ばれた代表(高等学校の部は30校)だけが、10月の全国大会に出場することができるのです。
 演奏時間は、課題曲と自由曲の2曲を合わせて12分以内に収めるのがルール。吹奏楽部員は、この“12分間”の演奏にすべてをかけて練習に励みます。
 大会では、奇跡のような演奏でホール全体が燃え上がることも。練習の過程も、舞台での演奏も、仲間との絆も、すべてがキラキラ輝く宝物です。

 「世界でただ一人の吹奏楽作家」。これが僕の肩書きです。フィクション、ノンフィクションを問わず、吹奏楽をテーマにした作品をたくさん書いているのは、吹奏楽が大好きで、吹奏楽の魅力を広く知ってもらいたいから。そして、吹奏楽で頑張っている中高生の皆さんを応援するためです。
 僕の吹奏楽部の物語は、熱く打ち込んだ中学の3年間で完結しました。最後のほうは、部活に対する考え方の違いからほかの部員たちとぎくしゃくしてチームのまとまりがないまま卒業。高校では吹奏楽を離れてしまいました。
 そのことを僕はすごく後悔しました。「もっと本音でぶつかり合えばよかった」「気持ちをちゃんと話していれば、あんな終わり方にはならなかったんじゃないか」と。だから、僕は今、中高生の皆さんが同じ思いをしないように、吹奏楽部員たちのリアルな物語を届けて、一生懸命頑張ることの尊さを伝えています。

 『みんなのあるある吹奏楽部』シリーズを書くために、吹奏楽部を取材して歩くうち、僕が吹奏楽をやっていた時には知らずにいたことがたくさんあると気づきました。
 例えば、全日本吹奏楽コンクール(全国大会)のレベルがすごく高いこと。海外の作曲家だけじゃなく、日本人の作曲家が作ったいい曲がたくさんあって、レパートリーが増えたこと。指導する先生が個性的でキャラが立っていること。吹奏楽の上質な音楽に触れると、感動して涙が出ること……。奥が深く、面白い世界だと再認識し、夢中になっていきました。
 その頃、衝撃を受けた演奏が、2013年の全国大会の精華女子高等学校吹奏楽部(福岡県)の《フェスティバル・バリエーション》。会場全体が、彼女たちの音楽に飲み込まれた感じで、終わった瞬間、割れんばかりの拍手でホールが燃え上がるような熱気に包まれました。
 それ以降も、心が揺さぶられる演奏をたくさん聞くことができ、僕は本当に幸せです。

 ほかにも印象深いエピソードはたくさんあります。
 最近では、2024年に6年ぶり7回目の全国大会出場を果たした八王子学園八王子高等学校吹奏楽部。コンクールだけでなく、マーチングコンテストやアンサンブルコンテストでも負け続けだったチームを変えたのは、2人の男子部員。「挑戦しないで負けるくらいなら、挑戦して後悔した方がいい」と話すタシロと、「音楽で勝負することを良しとしない考え方があることは分かっている。だけど、勝ちにこだわりたい。勝つことで答えを見つけられると思うから」と考えるトビカワです。
 2人の熱血リーダーシップのおかげで、8月の東京都大会予選では会心の演奏を披露しました(この年の八王子高校のスローガンは「快進」でした)。表彰式の壇上にのぼり、代表校に選ばれた瞬間、トビカワとタシロは、人目もはばからずに歓喜のハグ!それがすごくエモくて感動的でした。表彰式では、あまり喜びを表さないのが慣例のようになっていたのですが、2人のハグに観客も大きな拍手を送っていましたね。さらに、全国大会で金賞を獲得して、再び2人のハグが見られました。

 全国大会に過去15回ほど出場している名門、旭川商業高校(北海道)の名物顧問の佐藤淳先生が、2023年に定年で学校を去ることが決まっていました。部員たちは、「10年間全国大会から遠ざかっているけれど、最後は先生を全国大会に連れて行ってあげたい」と、頑張って北海道大会に臨みました。
 コロナの影響で、結果発表はホームページで行われたのですが、アクセスが集中してなかなかサイトに入れない。そんな時、SNSに旭川商業が北海道代表に選ばれたという情報がアップされ、みんなで大喜び。ほどなく、それが誤情報だったことが分かり、最悪の終わり方となってしまいました。
 この話を聞いて「このまま終わらせてはいけない。一緒にコンサートをしましょう」と提案してくれたのが、全国大会の高等学校の部に最多出場している名門、愛知工業大学名電高等学校(愛知県)の伊藤宏樹先生でした。
 そして全国大会から2か月後の12月下旬。会場は、全国大会が開催された名古屋国際会議場センチュリーホール。演奏は、課題曲と自由曲を12分以内で。司会を務めた僕の紹介のアナウンスも含めて、全国大会と同じ形で進行しました。「まるで、消えてしまった全国大会がここで実現できたみたい」「夢が叶った」と、生徒や先生たちはもちろん、観客たちも感動して泣いていました。

 一生懸命に頑張るからこそ、こういった奇跡のようなことが起こったり、感動的なドラマが生まれたりするんですね。
 「吹奏楽コンクール」は、中学生の部、高等学校の部、大学の部、職場・一般の部があって、競うという面だけでなく、吹奏楽を楽しむ人たちみんなが取り組む共通の一大イベントという側面もあります。つまり、吹奏楽部員は、学校や地域の枠を超えて、良きライバルである以前に、良き仲間だと言えます。
 今年の夏も、青春の音楽である吹奏楽を思いっきり楽しんでほしいと思います。

一人ではうまく演奏できなくても、みんなと一緒なら勇気を持って取り組める。仲間の支えがあるから、「もう限界」と思った壁を越えられる。結果がどうであれ、金賞に値する努力、頑張り、青春がある。一生懸命に頑張った先には、人生の糧となる宝物が得られるはずです。

やっぱり青! 僕自身も、吹奏楽部だった頃、音楽室の窓から見上げた青い空をよく覚えています。音楽室って大体最上階にあるので空がよく見える。そして、もう一つは金。コンクールの金賞という意味なんですけど、一生懸命頑張った部員たちは、コンクールの結果がどんな賞になったとしても金賞に値する青春を送ったんじゃないかと思います。

(構成・編集部)

顧問 緑川 裕さん

 緑豊かな千葉県西部に位置する、柏市立柏高校。部活動が活発なことでも知られ、文化系・運動系あわせて27の部活動、同好会があり、毎年素晴らしい成績をあげています。

 吹奏楽部は今年で48年目。「全日本吹奏楽コンクール」には34回、「全日本マーチングコンテスト」にも26回出場するなど、数多くの大会で金賞を受賞する強豪校です。現在部員数は128人。緑川さんをはじめ、5人の顧問の先生の指導のもと、10月の「全日本吹奏楽コンクール」に向けた課題曲と自由曲が決まり、早くも練習に熱が入っていました。

第72回「全日本吹奏楽コンクール」で銀賞を受賞した時の記念写真

音楽室に2年生、3年生が集まり、演奏開始

音楽室の後ろには賞状がズラリ!

動画配信イベント用の曲を練習中。演歌やポップスも演奏します。

 吹奏楽部を訪ねたのは5月の中旬。「全日本吹奏楽コンクール」の演奏曲が決まり(課題曲:マーチ「メモリーズ・リフレイン」(伊藤士恩)、自由曲:「月に浮かぶひとすじの道標」)、出場メンバーに入るかどうかで部員の皆さんがドキドキしている頃でした。
 吹奏楽部の一年は、スケジュールがびっしり。「全日本吹奏楽コンクール」「全日本マーチングコンテスト」という大きな大会があり、そのほかにも、コンサートや演奏旅行の予定がたくさん入っています。
 顧問に就任してから、今年で12年目になる緑川さんに話を聞きました。
「夏は一番燃えられる季節。夏休み中はほとんどを部活で過ごすこともありますが、一生でこんなに熱くなれる時期はないんじゃないかな」
 今年のコンクールに向けての抱負を聞きました。
「できれば金賞! 市立柏高校にしか出せない独特のマーチのサウンド、この子たちにしかできないストーリー性のある曲を持って全国大会にのぞみます」
 でも、本当の目標はコンクールや「全日本吹奏楽コンクール」や「全日本マーチングコンテスト」ではないと緑川さんは言います。
 「最終目標は毎年12月に開催する「チャリティーコンサート」。3年生にとっては卒業コンサートで、市内のホールを借りて演奏会をします。このコンサートに補欠はいません。全員がお客さまの前で演奏をします。そこで、一年間なの総決算になるようないい演奏ができたら最高だよね。聴きに来てくれる皆さんから『よかったね』『もう一回歌唱のやつを聴きたいね』『ちょっと疲れていたけど、みんなの演奏を聴いて元気になったよ』と声をかけてもらえたら、それが最高のプレゼントです」

(取材:編集部)

第72回全日本吹奏楽コンクールに出場した柏市立柏高校吹奏楽部。気持ちを一つに、今年も挑戦。

「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる吹奏楽部員たち憧れの舞台。中学生の部、高等学校の部、大学の部、職場・一般の部の4部門がある。中学生の部、高等学校の部は、7月頃から予選が始まり、全国大会は10月下旬に開催される。課題曲4曲の中から1曲を選び、自由曲と合わせて12分以内に演奏を行う。


大会名

第73回全日本吹奏楽コンクール全国大会

日程

「中学生の部」10月18日、
「高等学校の部」10月19日

会場

宇都宮市文化会館

参加人員

中学の部:50名以内、高校の部:55名以内

表彰

金賞・銀賞・銅賞のいずれか

主催

一般社団法人全日本吹奏楽連盟、朝日新聞社

公式サイト


オザワ部長さん
神奈川県出身。世界でただ一人の吹奏楽作家。全国の吹奏楽部・楽団を取材して、吹奏楽の素晴らしさを発信し続けている。吹奏楽部時代はサックス担当。近著に『吹部ノート 12分間の青春』『空とラッパと小倉トースト』など。『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』(岩崎書店)が今年度の第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書(小学校高学年の部)に選ばれました。

写真:石山勝敏 イラスト:藤 美沖

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2025年夏号(No.10)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。