[ 特集 ]ミュージアムに行こう!

 皆さんは美術館や博物館に行ったことはありますか? 行ったことはあっても、美術を勉強する堅苦かたくるしい場所と思っていませんか?

 答えはノー。でも、気持ちは分かります(笑)。僕も中高生時代は、美術館は敷居が高そうな場所だと思っていました。

 それが変わったのは、大学時代に美術好きの友人に誘われて美術館に行ってから。彼は芸人時代の相方でもあるんですが、例えば、17世紀のオランダの風俗画(=庶民の普段の生活が描かれた絵)を見て、勝手にアテレコを始めたりするんです。僕も思わずツッコミを入れたりして、その時の会話が本当に楽しくて。「美術作品を見るのってこんなに面白いんだ」「なんで今まで誰も教えてくれなかったんだ」と思ったんです。

 今は興味がなくても、みんな美術館や博物館の展示に興味がないわけじゃない。きっかけさえあれば面白さに気づいてもらえるんじゃないか。そう思って「アートテラー(アート+ストーリーテラーの造語)」を名乗り、アートを面白おかしく伝える活動をしています。

 日本では、毎年のように世界中から名画がやって来て、大規模な展覧会が開かれていますし、どの都道府県にも素敵な美術館がたくさんあります。

 まずは、どこか近くのミュージアムに出かけてみてください。展示を全部見ようとする必要はありません。極端な話、作品に興味が持てなかったら、美術館の建物や環境を楽しめばいいのです。都心部や公園の中にある美術館もあれば、自然に囲まれている美術館も。学校や家を離れ、非日常の気分を味わえるはず。ふらっと出かけて、ミュージアムの雰囲気を感じてください。

18世紀ロココ美術などが見られるコーナー。写真は、ジャン=マルク・ナティエ《マリー=アンリエット= ベルトロ・ド・プレヌフ夫人の肖像》1739年
クロード・モネ《睡蓮》1916年 松方コレクション
常設展で人気の高い作品。パリからセーヌ河を数10キロほど下った小村ジヴェルニーで制作した連作の一つ。見ていると、池の中に立っているかのような感覚に。
本館1階19世紀ホールでは、ロダンを中心とするフランス近代彫刻を展示。
オーギュスト・ロダン《説教する洗礼者ヨハネ》1880年 松方コレクション
美術館の前庭で出迎えてくれる「考える人」。
オーギュスト・ロダン《考える人(拡大作)》1881‐82年(原型)、1902‐03年(拡大)、1926年(鋳造) 松方コレクション ©上野則宏

 展覧会に行って、良いなあと思うものもあれば、何とも思わない作品もあるかもしれません。美術作品は素晴らしいものという先入観があって、「つまらない」とか言っちゃいけない空気があるように思うかもしれません。そんなことは一切気にしないようにしましょう。それがミュージアムを楽しむコツです。

 僕は年間700以上の展示を見ますが、純粋に面白いと感じるのは100点見て、3点あるかないか。そのかわり、これだ!と思った作品に出合った時のよろこびが大きくなります。

 僕はアートにも興味がありますが、同じくらいにマンガやアニメ、映画、本、音楽といったジャンルにも興味があります。それぞれのジャンルに好きなものがあれば、そうでもないものがあります。皆さんにも、好きなマンガや映画を見つけに行くように、ミュージアムに行ってもらえたらうれしいです。

今ピンと来なくても
行っておくといいですよ。
想像力が鍛えられますし、
美的センスも磨かれるかも

今ピンと来なくても
行っておくといいですよ。
想像力が鍛えられますし、
美的センスも磨かれるかも

 ミュージアム初心者の方におすすめしているのが常設展です。ミュージアムが所蔵している作品なので、ゆったり見ることができます。入場料がおさえられているのもうれしいですね。

 ミュージアムがすごいのは「本物が見られる」こと。今はスマホ一つでたくさんの情報を得られる時代。映画やマンガ、美術作品の写真や情報も、探せばすぐ見つかります。でも、スマホで見る絵と実物は全然違います。

 100年以上も前に描かれたルノワールやモネの絵が今も残っていて、美術館に展示されている。それを目の前で見られるなんて、すごい体験だと思いませんか?

 写真や映画が当たり前の時代に生まれた僕らは、絵画を見てもピンを来ないかもしれません。だから、見てもつまらないなどと思わず、写真や映画がなかった時代にタイムスリップして見るといいですよ。この作品はどんな時代に、どんな人がどんなふうに描いたのか、想像をふくらませてみましょう。続けていると、想像力(妄想もうそうりょく?)がきたえられます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》1872年 松方コレクション

 ミュージアムのいいところは、作品を自分の好きなように見られること。映画や音楽会と違って、その場で感想を言い合えるのが楽しいんです。

 絵の感想をSNSに書いたり、友だちに話す時でも、ネタバレを気にする必要はありません。だから、一人で静かに見るのもいいけど、誰かと行って感想を言い合ってほしいですね。100人いたら100通りの見え方があり、自分が気づかなかったところに視点を当てた感想を聞けるから面白いんです。

上野公園内にある西洋美術専門の美術館。フランス政府より寄贈返還された「松方コレクション」を基礎に、ルネサンスから20 世紀半ばまでの西洋の絵画、彫刻、版画などを所蔵。
本館の建物は、フランスの建築家ル・コルビュジエ設計。

住所 東京都台東区上野公園7-7

電話 050-5541-8600

開館時間 9時30分〜17時30分(金-土曜は20時まで)(入館は30分前まで)

休館日 月曜(祝休日の場合は開館し、翌平日が休館)、年末年始

料金 常設展 一般500円、大学生250円、高校生以下及び18歳未満は無料

 今回の国立西洋美術館の取材では、あえて「常設展(コレクション展)」を案内しました。
 国内外からさまざまな作品を集めて開催する「特別展(企画展)」は期間に限りもありますし、人気のあるテーマだと話題になりやすいので、大勢の人が観に行きます。一方の「常設展」は、文字どおり、「いつもそこにある」ので(他の美術館に作品の貸出をすることもあります)、また今度行けばいいかな、なんて思って後回しにされがちです。
 でも、常設展にこそ足を運んでほしい! 日本全国には、すごい名画や国宝などさまざまなジャンルの作品を所蔵しているミュージアムがたくさんあります。わざわざ海外に行かなくても、日本国内でピカソやモネの作品だって見られます。
 特別展と比べると、常設展はゆっくりと落ち着いて作品と向き合えるのもポイントです。さーっと観てもいいですし、作品に近づいて観たり、離れて観たり、違う角度から観たり、時間を気にしないでゆっくり鑑賞することができます。
 また、常設展は写真撮影がOKのところも多いです。国立西洋美術館も常設展は基本的に私的利用に限って写真撮影OK。好きな美術作品や特に気になった部分を撮影しておいて、あとで見返してみるのもいいかもしれません。
 常設展にこそ美術館の個性が出ているので、他の美術館とコレクションを見比べてみるのも面白いですよ。常設とはいうものの、展示の入替れもある美術館も多いので、ぜひ何度も「常設展」に足を運んでみてください。

 僕は美術に興味のない人に、一人でも多く興味を持ってもらいたいと思っています。美術について詳しく知りたいと思ったら、学芸員や評論家の人たちに話を聞けばいいのですが、それだと少しハードルが高い感じがしますよね。「勉強する」みたいな感覚になってしまいます。もっと初心者向けに楽しく、わかりやすくアートを語って伝えるストーリーテラー的な役割として、「アートテラー」を名乗って活動を続けています。
 ちなみに、美術館でガイドをしていると、「オススメの作品を教えてください」と聞かれることもあります。でも、それにはなるべく答えないようにしています。僕が「この作品」と言ってしまったら、それに影響されてその作品しか観なくなってしまうでしょう。食べ物の好き嫌いが一人一人違うように、アートの好き嫌いも人によって違います。僕のオススメが必ずしも皆さんの好みに合うとは限りません。自分の好きを見つけてほしいからです。
 アートについて語る「アートテラー」を名乗っていますが、僕の役目は、アート鑑賞の楽しさを伝えること。作品の解説は専門家の方にまかせて、ちょっと興味がある人たちが、中級者になってもらうようにお手伝いできたらいいなと思っています。

(構成:編集部)

『名画たちのホンネ』
とに~(王様文庫)

『モナ・リザ』(ダ・ヴィンチ作)、『叫び』(ムンク作)、『富獄三十六景・神奈川沖浪裏』(葛飾北斎作)など、有名な作品が自ら語る形でさまざまな裏話を紹介しています。

『ようこそ! 西洋絵画の流れがラクラク頭に入る美術館へ ポップカルチャーで読み解く世界の名画』
とに~(誠文堂新光社)

空想の美術館の部屋を本の中に作り出し、ルネッサンス以前から20世紀美術までをQ&A形式でとに〜さんが答えています。

『名画たちのホンネ』
とに~(王様文庫)

『モナ・リザ』(ダ・ヴィンチ作)、『叫び』(ムンク作)、『富獄三十六景・神奈川沖浪裏』(葛飾北斎作)など、有名な作品が自ら語る形でさまざまな裏話を紹介しています。

『ようこそ! 西洋絵画の流れがラクラク頭に入る美術館へ ポップカルチャーで読み解く世界の名画』
とに~(誠文堂新光社)

空想の美術館の部屋を本の中に作り出し、ルネッサンス以前から20世紀美術までをQ&A形式でとに〜さんが答えています。

とに~さん
1983年、千葉県生まれ。元吉本興業のお笑い芸人。「アートテラー」は造語で、アートについて語る人。難しいといわれているアートを分かりやすく、面白く解説することに力を注いでいる。

写真:中村嘉昭

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年秋号(No.7)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。