





「後悔しない生き方」。一見、魅力的に聞こえますが、私たちは常に不完全な情報と、変わっていく価値観のもとで選択をしています。過去の選択を現在の価値観で評価した時、何らかの後悔が生まれるのは自然なこと。後悔に時間を使いすぎて、今を楽しめなくなることこそ、後悔すべきことなのかもしれませんね。

今回のテーマは「後悔」でした。冒頭、アキラが英語のテストについて「ちゃんと勉強すればよかった」と後悔するシーンから、今回の対話は始まります。
「〜すればよかった」という後悔は、誰もが日常的に経験します。しかし、カイが指摘するように「選ばなかったほうの選択」だったらどうだったかは、誰にも分かりません。アキラがもし前日に勉強していたとしても、別の理由でテストがうまくいかなかった可能性だってあるわけです。
アイとカイの会話から、後悔とは、実際には起きなかった「理想の可能性」を想像し、それと現実を比較して落ち込むことだということが分かりました。そして、その「理想の可能性」は、あくまで想像の産物に過ぎません。私たちは、選ばなかった道の先に広がる未来を、都合よく「うまくいったはず」と想像してしまいがちです。しかしそれは、あくまで想像に過ぎないのです。
さらに興味深いのは、マキとアイが区別した「二種類の後悔」。一つは「結果の比較」による後悔、もう一つは「自分の不誠実さ」への後悔です。前者は「勉強していたら、もっとテストができたかも」という「結果」に対する後悔ですが、後者は「自分の価値観に反した行動をした」こと、つまり「プロセス」への後悔です。この区別が重要なのは、結果自体は自分で完全にコントロールできないのに対して、自分の価値観に忠実に生きることは、ある程度自分が選べることだからです。私たちが悩むべき後悔は、どちらでしょうか。
そしてアキラが指摘するように、自分の価値観に従って行動したとしても、後で後悔するということが当然あります。ここで、マキの洞察—「過去の自分」と「今の自分」が同じではない—が重要になってきます。人は成長し、当然ながら価値観も変化します。だからこそ、過去の選択を現在の価値観で評価すれば、何らかの後悔が生まれるのは避けられない。私たちは過去を振り返ることで学び、成長しますが、決断の瞬間に未来が見えるわけではありません。この根本的な条件が、後悔を必然的なものにしているとも言えるでしょう。
だからこそ、カイが最後に言った「後悔しないこと」ではなく「後悔とどう向き合うか」という視点の転換がとても示唆的です。これは、マキが提案した「後悔する価値のある後悔かどうか」を考えることと関係しています。失敗から学べる後悔もあれば、いくら悩んでも仕方がない後悔もあります。まずはこの区別をつけてみることで、後悔にとらわれすぎず、それと建設的に向き合う糸口が見つかるのかもしれません。
最後のシーンでアキラは、過去は変えられなくても、それとの向き合い方やリカバリ―の仕方は変えられるということに気づいたようです。人間である以上、完璧な人生を送ることは不可能ですが、後悔とうまくつきあいながら前に進んでいく道を選ぶことはできるのかもしれません。
堀越耀介
作・監修
堀越耀介さん
東京大学UTCP上廣共生哲学講座 特任研究員 / 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員(PD)。東京大学教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学・哲学プラクティスで、特にジョン・デューイの哲学思想、「子どもとする哲学(P4C)」/ 哲学対話の理論を研究。実践者としては、学校教育の場から、自治体・公共施設、企業・社員研修まで、幅広く哲学対話や哲学コンサルティングを行う。著書に『哲学はこう使う―問題解決に効く哲学思考「超」入門』(実業之日本社)、「哲学で開業する:哲学プラクティスが拓く哲学と仕事の閾」(『現代思想』(青土社)2022年8月号)などがある。

作・監修:堀越耀介 マンガ:佐倉星来
※このマンガは『ETHICS for YOUTH』2026年春号(No.13)に掲載したものです。
※コラムはウェブオリジナルです。

























