[ 特集 ]「ありがとう」の気持ち、伝えてる?

ストリートピアノでRADWIMPSラッドウィンプスのヒット曲を演奏する動画をYouTubeユーチューブで公開したことから、たちまち時の人となったハラミちゃん。楽しそうにピアノを弾く姿が印象的ですが、10代の頃には、人一倍努力をし、壁にぶつかることもあったそうです。

 聴いた曲を耳で覚えて、即興そっきょうでピアノ演奏をしてしまうハラミちゃん。「天才だからできる」と思われがちですが、実は「練習」で身に付けたもの。「ドレミ」の音程を耳で判別できる「絶対音感ぜったいおんかん」も、聴いた音を楽譜に書き起こす「聴音ちょうおん」というレッスンによるもの。1日8時間もピアノに向かう本格的なレッスンを続けてきたといいます。

 「ピアノを習っていた兄にあこがれて、4歳で始めました。6歳になると、ピアノ教室の先生から音楽大学受験のテキストを渡され、『私は音大に進むんだ』と思うようになりました。好きだからやっているというわけではありません。親は『何事も続けることが大事』と考える人だったので、『ピアノをやめて悲しませちゃいけない』という使命感もあったんです。それでも、昨日の夜より今日の朝の方が上手にけたり、成長を感じられること自体が楽しくて続けられました」

 ピアニストを目指し、寝る時間と食べる時間以外はほとんどピアノに向かう。そんな日々が続きました。それが変わったのは高校2年の時。受験準備のため、ある先生の指導を受けたのですが、最初のレッスンで1曲弾いただけで「第一志望の大学は無理」と言われてしまったのです。

 「めちゃくちゃショックでした。『これまでやってきたことが全然ダメだった』という喪失感もありました。でも、同時にホッとした気持ちもあったんです。小学3年生からコンクールに出ていたので、同世代でどのくらいのレベルか、自分の実力は分かっていました。自分がいくら努力をしても、追いつけない才能を持った人がいる。けれど『私はこんなにピアノに時間をかけてきたから、もう戻れない』という感覚でした。それを、先生に『ここまででいいよ』って肩をポンポンと叩いてもらった気がしたのです」

 第二志望の音楽大学に進学したハラミちゃんでしたが、音楽家として食べていくことの難しさを知り、卒業後は音楽とは無縁のIT企業に就職しました。

 がむしゃらに働いて社内のMVPに選ばれるほどでしたが、体調を崩して休職。半年間、自宅で引きこもり生活を送っていた時、同じ会社の先輩Kさんがハラミちゃんを外へ連れ出してくれました。

 「Kさんに誘われて、東京都庁のストリートピアノを弾くことになったんです。会社員時代は数年間ピアノを弾いていなかったので、自分の心のリハビリのつもりでした」

 当時ストリートピアノはあまり知られていませんでしたが、映画『君の名は。』の挿入曲『前前前世ぜんぜんぜんせ』(RADWIMPS)を軽快に奏でるハラミちゃんの周りには、一人、二人と聴衆が増えていきました。

 「観光に来られていたおばさまが、曲の途中で拍手をしてくれ、終わった後に『すごい良かったよ!』と言ってくださったんです。小学校の頃、休み時間にアニメソングやアイドルの曲を弾くと友だちが喜んでくれるのがすごくうれしかったので、その時のことを思い出しました。仕事をしていて忘れていたけど、自分が本当に好きなことってこういうことだったんだって。そう気づけたのは、あのおばさまのおかげなんです」

 Kさんが演奏の様子をスマホで撮ってYouTubeにあげると、動画はあっという間に30万回再生を突破。6年たった今では、290万回以上再生されています。

YouTube「HARAMI_PIANO」より
動画配信やコンサートで、すべての世代に向けて演奏するハラミちゃん。2025年12月7日(日)には、全国ツアーの集大成として「ハラミちゃん全国ピアノツアー2025THE FINAL!!」を東京国際フォーラムホールAで開催。

 一度はピアニストの夢をあきらめたハラミちゃんでしたが、この動画をきっかけにファンが急増。今では音楽CDを出したり、全国でコンサートを開いたり……。誰もがその名を知るポップスピアニストです。

 「私はクラシックのコンクールで入賞したり、世界中から称賛しょうさんされてピアニストになったのではありません。YouTubeを見たり、応援してくれる人がいることが、今の活動につながっています。

 私のピアノを聴きにたくさんの人がコンサートに来てくださるのも奇跡的なことで、一人一人の家に行ってあいさつしたいくらい(笑)。私の演奏で明日から頑張ろうと思ったり、日常を忘れて楽しんだりしてもらえたらうれしいです」

 ハラミちゃんは「ありがとう」や「好き」の気持ちは言葉にしないと伝わらないと言います。

 「ありがとうと思っていても、相手に言わないと『本当にそう思っているのかな?』と関係がギクシャクしちゃいます。言うのはお金もかからないし、言ったら相手も喜んで、もっと『ありがとう』と言い合える。とてもお得なこと。

 中高生の頃は照れくさいかもしれないけれど、言ってみてほしい。周りの見え方も変わるし、『好き』や『ありがとう』は自分にも返ってきます」

 「10代って精神的には大人で、もう自分という存在が確立されているけれど、初めての経験をたくさんする時期だと思います。学校の授業で毎日6時間も新しい知識を得られるなんて、人生のうちで数年間しかありません。大人になったら、自らお金を払って何かを勉強しないといけないので大変です。

 私もそうだったし、そのことに中高生時代に気づける子は少ないかもしれません。でも、この話を読んで『そうなんだ』と、少しでも思ってくれたらいいな。

 10代は本当にチャンスのフィーバー。何でも聞いて、たくさん吸収して、いろんなところへ出かけてほしい。部活や勉強で誰かと比べたり、失敗したりしても、その経験はいつか必ず役に立ちます。いっぱい経験をためて、自分の中にたくさん種をまいてほしいです」

今の経験は、きっと未来で生きてくる

 10代はどうしても他人と自分を比べやすい時期。私もピアノで自分と他の子を比べて、挫折したことがあります。「コンクールに出場したけど全然ダメだった」とか「自分より小さい子のほうが上手だった」とか……。でも、それも自分を知る大切な経験だと思います。
 10代で経験したことは、すぐに役に立たなくても自分の中に「冷凍保存」されていて、何年後かに解凍されて花開くことがあるんです。私も、中高生の頃つまらなかった歴史や国語を、大人になってから「もっと勉強しておけばよかった」と思うことがありました。ツアーで全国を回っていると、その地域の歴史に触れても分からないことばかり。ブログやSNSに自分の気持ちをつづる時も、いつも「うれしい」「楽しい」「幸せ」になっちゃって、語彙力がないなと思います(笑)。それ以外にももっと表現はあるはずなのに。
 10代の頃に吸収しようと努力した分だけ、貯蔵庫に知識や経験が貯まっていきます。私はピアノを2万5000時間以上練習したという経験が貯蔵庫にあって、奇跡的に花が開いたのです。今の経験は、きっと未来で生きてきます。

人生は合う人探しの旅

 人生は、価値観が合う人を見つけていく旅のようなものだと思います。すぐに出会える人もいれば、人生の最後のほうになって出会う人もいる。それって本当に人それぞれ。私の中高生時代はクラスに居場所がなく、学校に行くのが嫌で保健室に通っていた時期もありました。でも、大学生や社会人になってから、自然と心から語り合える人たちと出会えました。だからこそ、今、孤独を感じたり、つらいと思っている人には、「今はそういう時期なだけだよ」って伝えたいです。
 人生はステージごとに出会いがあるもの。中高生時代は学校しかコミュニティーがないかもしれませんが、これから次のステージに歩いていけば、いつか自分にとって大切な人に必ず出会えます。

(構成:編集部)

『好きのパワーは無限大 挫折から学んだ多くのこと、笑顔のヒミツがココにある』ハラミちゃん(KADOKAWA)

ハラミちゃん
ポップスピアニスト。国立音楽大学音楽学部演奏学科鍵盤楽器専修を卒業。IT企業を経て2019年6月から「ハラミちゃん」として本格的に活動開始。YouTube・SNSでの総フォロワー350万人以上、動画総再生回数10億回以上。絶対音感、即興演奏などの特技を生かし日本全国、世界各地のストリートピアノで活動中。著書に『好きのパワーは無限大』など。

写真:吉原朱美 イラスト:藤 美沖

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2025-26年冬号(No.12)に掲載したものです。