[ 特集 ]ミュージアムにいこう!

国内はもちろん海外でも大人気のアニメ『ハイキュー!!』の主人公・なたしょうようを演じる村瀬歩さん。
声優を目指して“人間になった”と話すその理由とは?

 今年2月に公開された『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』が大ヒット。バレーボールに青春をかける主人公・日向翔陽の声を担当したのが、声優の村瀬歩さんです。

 「日向を初めて演じてから、もう10年になります。当時は、声優デビューをして3年目くらい。それまで、オーディションで主人公役に受かったことがなくて、アフレコでやり直しを指示されることはあまりなかったんです。でも、日向は主人公。作品の軸になる役なので、“もう一生終わらねぇ!”と思うくらい、毎回居残りで収録しました。今は笑って話せますが、あの頃が一番苦しかった!

 自分の中でバシッと芝居がハマる感覚や、監督かんとくからOKが出る芝居がどういうものなのかが分からなくて、声優の仕事ってしんどい、楽しくないなぁと思っていました(笑)。でも、今は大事に育てていただいたのだと分かります。あの時、逃げなくて本当によかった!

 最初の頃、影山かげやまとび役の石川いしかわかいくんと意見が合わなくて、大げんかをしたことがあるんです(笑)。でも、そこからすごく仲良くなりました。やっぱり、お互いの思いをぶつけ合うって大事ですね」

© 2024「ハイキュー!!」製作委員会
©古舘春一/集英社

 「『ハイキュー!!』には心に残る言葉がたくさんあります。例えば、日向がインターハイ予選であおじょう西さい高校に負けた時、たけ先生が日向と影山に言うせりふ。『“負け”は弱さの証明ですか? 君たちにとって負けは“れん”なんじゃないですか?』

 この言葉は当時の自分にも刺さりました。何かにつまずいた時、そこからどう立ち上がって生かしていくのか。考えることの大切さが込められていると思います」

 この言葉を受けて、日向は負けをかてに成長し、前に突き進みます。

 「なんでも最初からうまくできる人はいないし、技術はだんだん磨かれていくもの。勝負に負けたり、つらいことがあっても、“好き”という気持ちや情熱の力があれば、努力を続けられます。

僕を真剣に叱ってくれた
友だちは今も友だち

 ただ、“好き”だから苦しいこともあります。僕の場合だと、やりたい役のオーディションに落ちてしまった時。期待がふくらんでいただけに、自分の理想と、なれない現実のギャップに苦しくなります。それでもまたオーディションに挑戦しようと思うのは、声優が好きだからです。

 でも、好きなことが見つからない人もいるかも。そんな時は“好き”から始めなくてもいいんじゃないかな。続けていると好きになる可能性があるでしょう? 人生は一度きり。興味があることに一歩踏み出す勇気を持つこと。それが大事だと思います」

© 2024「ハイキュー!!」製作委員会
©古舘春一/集英社

原作:「ハイキュー!!」古舘春一
(集英社ジャンプ コミックス刊) 
監督・脚本: 満仲勧 
キャスト: 村瀬歩 石川界人 梶裕貴 中村悠一
TV シリーズ 各動画配信サービスにて配信中!
Blu-ray&DVD 発売中!

© 2024「ハイキュー!!」製作委員会
©古舘春一/集英社

 「高校生の時は、カードゲームにハマって、大会に出たりしていました。将来の夢というようなものもなく、就職のために大学に入ろうと思って勉強はしました。受験勉強は10代の時に一番頑張ったことですね。大学に入ってからは時間ができたので、声優の養成ようせいじょに入りました」

 演劇ではなく声優の養成所を選んだのは、声が変わっていると言われることが多かったから。

 「就職の面接で“お芝居の習い事をしていた”と言ったら面白いかも!という、軽い気持ちからでした(笑)。

 でも、この一歩が大きかった。いろんな役を演じるのが面白くて、どんどん芝居にのめり込んでいきました。スーパー負けず嫌いなので、クラスで評価されている子がいると、“絶対、僕のほうがうまいのに!”と思っていましたね(笑)」

 アメリカで幼少期を過ごした村瀬さん。そのせいか、幼い頃から人の目をあまり気にせず、自分のやりたいことを主張してばかりいたのだとか。ところが、養成所に入ってからその性格が変わったといいます。

 「ひと言で言うと“人間になった”のかな(笑)。それまでは、離れていく友だちがいても気にしなかった。考えが変わったのは養成所の友だち5人と旅行した時。みんなが思い出にプリクラをろうと言ったのに、僕は空気を読まずに帰ってしまった。すると、友だちの一人が『ちゃんとせえや。あかんで』と叱ってくれたんです。それがきっかけで、もっと人に興味を持とうと思うように。相手の立場に立ち、“ありがとう”や“ごめんなさい”も言うようになりました。あの時の友だちとは今も仲がいいんですよ」

 声優になってからも、この時の変化が生かされているそうです。

 「さらに周りを見るようになりましたね。声優は“せーの”で声を出したり、息を合わせることが必要な仕事。人との関わりが大事なんです」

 今、声優は人気の職業です。声優になるために必要なことはありますか?

 「僕は台本だいほんを読む時に、自分のせりふがなぜそうなったのかを、前のシーンまで戻って考えていきます。誰が、どこで、どういう気持ちになったのか。僕のせりふに行き着くまでの筋道を立てるんです。この作業は国語を勉強するといいんですよ。数学もめちゃくちゃ使います。数学は物事を逆から考えたり、点と点の間を考える思考能力を養えるので、どちらもできたら最強です!

 勉強すると将来選べる道が増えるし、努力のくせが身に付きます。うまくいかないことがあっても、くやしい気持ちは別の経験につながります。その意味で、努力は自分を裏切らない。だから、夢がない人ほど勉強してほしいですね。そして努力に疲れたら、アニメが皆さんの息抜きや楽しみになってくれたらうれしいです」

村瀬さんにとって、『ハイキュー!!』の日向翔陽はどんな存在?

 10年前に初めてこの役に向き合った時は、バレーボールにぶつかっていく日向の姿が声優として何もできない自分と重なって、等身大の役として演じていたと思います。当時も今も日向と似ているところは、頑固さと負けず嫌いなところ。うーん…、でも、やっぱり日向のほうが僕よりもっと負けず嫌いかもしれない!(笑)
 僕は、どの作品もキャラクターもみんな平等に熱量をかけて演じています。でも、日向を演じることで声優として学ぶことが多かったので、やはり特別感がありますね。今の自分と切っても切り離せない存在です。

ユース世代へのメッセージ

 今はいろいろな職業の可能性が増えましたよね。僕が高校生だった時は、YouTuberという職業もなかったと思います。声優も表に出ることが多くなり、きらびやかな仕事と思われるかもしれませんが、どのような仕事も、人と関わり合うという本質は変わりません。だから、大事なのは、相手の立場に立って物事を考えること。もちろん不当なことを言われた時には、「それは違いますよ」と言ったり、自分を守ることを絶対にしてほしい。でも、“自分が人にされた時にどう思うか”という想像力を持つことは、声優だけじゃなく、人間として大事なことです。人は一人では生きていけないので。

 Z世代以降の人は、「今ここ主義」(※)が強い人もいると思います。僕も高校生の時は、今この瞬間がすべてと思ってカードゲームに打ち込んでいました。でも、大人になって思うのは、もっと勉強しておけばよかったということです。勉強するといろいろなことに興味を持てるようになるし、その興味は人生を豊かにしてくれるからです。
 声優もですが、必ずしもみんなが将来なりたいものになれるわけではありません。どんなに努力しても席が限られていることがあります。努力をいっぱいして結果がダメだった時はすごく悔しいし、悲しいし、怒りを感じるかもしれません。でも、それほど感情が揺さぶられたというのは、それだけ努力をしたということ。逆に、笑ってその結果を受け入れられたのだったら、厳しい言い方になりますけど、努力が足りなかったのだと思います。
 誰しも自分にどれだけのポテンシャルがあるかは分かりません。だからこそ、夢がある人は目標に向かって真っ直ぐ努力して、夢がない人は「勉強する努力」から始めてほしい。自分がどれだけ努力できるのかは、みんな未知数ですから!

※「今ここ主義」…現実主義のこと。過去や未来ではなく、現在あるもののみを認める考え。
(構成・編集部)

村瀬歩

むらあゆむ
さん
12月14日生まれ。アメリカ合衆国出身。大学生の頃に声優を志し、日本ナレーション演技研究所に入所。2011年にゲーム「Persona4 the ANIMATION」で声優デビュー。2015年、第10回声優アワード新人賞受賞。主な出演作は、アニメ『ハイキュー!!』シリーズ(日向翔陽)、『魔入りました!入間くん』(鈴木入間)など。

写真:吉原朱美

※この記事は『ETHICS for YOUTH』2024年秋号(No.7)に掲載したものです。